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Re:Nissanを踏まえたCVPシナリオ分析

― 今期・来期の収益構造を線形で読む ―

2026年8月13日


この分析について

日産の決算資料(2025年度通期・2026年度第1四半期)を、CVP(Cost-Volume-Profit)分析の枠組みで分解したものです。一台あたり限界利益と損益分岐台数を軸に、Re:Nissanのコスト削減が今期・来期の損益にどう効くかを、線形モデルで追っています。

姉妹編「現場と数字で日産を読む」が現場の観察から数字に降りていくのに対して、本稿は決算資料のブリッジを固定費側・変動費側に仕分けるところから始めます。結論の一部は姉妹編と一致し、一部は本稿のほうが細かい分解になっています。


第一章 連結営業利益は販売金融が稼いでいる

CVPを組む前に、どの事業を対象にするかを確定させる必要があります。セグメント別に見ると構造は明白です(億円)。

  自動車事業 販売金融 消去 連結
FY25 実績 ▲2,929 +2,979 +530 +580
FY26 Q1 ▲178 +862 +95 +779
FY26 通期(推計) ▲1,300 +2,900 +400 2,000

FY26見通しの内訳は非開示のため、Q1実績の年換算と会社ブリッジの「販売金融▲200」から逆算した推計です。

読み取れることは二つあります。第一に、連結営業利益は販売金融が丸ごと作っている。FY25の連結580億円は、自動車事業▲2,929億円を販売金融+2,979億円が覆った結果です。第二に、FY26見通しでも自動車事業は赤字で、黒字化はしません。

以降、CVPの対象は自動車事業及び消去とします(FY25 ▲2,399億円、FY26E ▲900億円)。販売金融は台数と連動しないため、CVPの外に置いて定数として扱います。


第二章 台数は説明変数として機能していない

FY24Q1からFY26Q1までの9四半期で「自動車事業営業利益 〜 連結売上台数」を回帰すると、決定係数はR²=0.01。説明力はほぼゼロです。FY26Q1は9四半期で最少の548千台でありながら、自動車事業の営業損益は最良でした。

FY26見通しも同じ構図です。連結売上台数は+2.9%(中国は持分法のため連結台数に入りません)に対し、売上高は+8.3%、営業利益は+1,420億円。増益はほぼ全額が単価とコストで説明され、台数の寄与はありません

一台あたり売上は449万円(FY25)から471万円(FY26E、+5.0%)へ。この単価上昇の中身は、後述するように為替と北米の大型車、そして価格改定です。


第三章 一台あたり限界利益と損益分岐台数

70万円という数字

自動車メーカーの損益は次の式で近似できます。

営業利益 =(一台あたり限界利益 × 販売台数)− 固定費

固定費を一台あたり限界利益で割った台数が損益分岐台数。これを超えた分は、一台ごとの限界利益がまるごと営業利益に積み上がります。

一台あたり限界利益は開示されないため逆算するしかありません。有価証券報告書ベースで検算すると、連結売上台数243.5万台と自動車事業及び消去の営業損失▲2,399億円から、一台あたり限界利益は約69.7万円。会社が公言する「損益分岐点250万台」「350万台で営業利益率4%」からの逆算とも、いずれも70万円前後に収束します。

率にすると約15〜16%で、業界目安の20〜30%を下回ります。営業利益率0.5%の会社が限界利益率だけ業界並みというほうが不自然であり、この低さこそが実態と整合します。

損益分岐台数の推移

一台あたり売上471万円・限界利益率15%を置くと、次のようになります。

  FY25 実績 FY26 見通し 会社目標
連結売上台数 2,434千台 2,505千台 2,500千台
一台あたり売上 449万円 471万円
一台あたり限界利益 67万円 71万円 70万円
固定費 18,779億円 18,592億円 17,425億円
損益分岐台数 279万台 263万台 250万台

FY25の279万台からFY26の263万台へ、16万台低下しています。ただし目標の250万台までは、まだ13万台(固定費で約935億円)の下げ代が残っています。追浜・湘南の生産終了はそれぞれFY26末・FY27末であり、固定費が実際に消えるのはこれからです。

なお、この263万台という数字は変動費率の仮定にほとんど影響されません。限界利益率を10%〜20%の範囲で振っても、損益分岐台数は260万〜270万台の帯に収まります。赤字幅が小さいため、赤字÷限界利益で決まるギャップが仮定に鈍感なためです。

感応度

一台あたり限界利益70.6万円を前提とした感応度は次の通りです。

ドライバー 営業利益インパクト
小売台数 ±10万台(中国除き) ±688億円
一台あたり単価 ±1万円 ±250億円
限界利益率 ±1ポイント ±1,180億円

限界利益率が15%しかないため、価格が1%動くと利益は台数5%分に相当します。北米のインセンティブが一台10万円悪化すれば▲2,500億円で、見通し2,000億円は消えます。台数リスクより単価リスクのほうが桁が大きい、というのが線形で見たときの最大の含意です。


第四章 Re:Nissanを固定費側と変動費側に仕分ける

ブリッジの分解

会社が開示する営業利益ブリッジの各項目を、固定費的なものと変動費的なものに仕分けます。購買・物流・原材料・関税は変動費側、生産費用・研究開発費・一過性・一般管理費は固定費側としました。

  変動費側 固定費側 為替 販売パフォーマンス
FY25 実績(対FY24) ▲1,756 +2,206 ▲217 ▲350 ▲118
FY26 見通し(対FY25) +1,600 ▲1,530 ▲200 +1,550 +1,420
累計(FY24→FY26E) ▲156 +676 ▲417 +1,200 +1,303

いずれも公表値と誤差1億円以内で復元できています。

5,000億円削減して、残るのは520億円

ここから読めることは厳しいものです。Re:Nissanの5,000億円のコスト削減に対し、P&Lに残っているのは変動費側と固定費側の合計で+520億円にすぎません。連結営業利益の698→2,000億円という改善は、実体としては販売パフォーマンス+1,200億円、つまり単価とミックスで説明されます。

要因を外すと、さらに構図がはっきりします。

変動費削減は効いています。 関税(2年累計▲2,560億円)を除けば変動費側は+2,404億円の改善で、Re:Nissanの変動費目標2,500億円とほぼ一致します。購買が+3,097億円と主役です。潰しているのは関税だけ。

固定費削減は効いていません。 一過性を除いた恒常的な固定費側の改善は2年累計で+673億円にとどまり、目標2,500億円の3割弱です。インフレ(モノづくり)▲1,224億円と、FY26の「その他」▲1,000億円が食っています。加えて、達成済みの固定費削減2,000億円のうち約半分は減損計上済み資産の償却減が源泉であり、現金コストの削減はさらに小さくなります。


第五章 削減ペースを線形に延ばす

Re:Nissanの累計コスト改善(ランレート、対FY24)は次の通りです。

FY25 Q1 Q2 Q3 Q4 FY26 Q1
300億 800億 1,600億 2,550億 3,150億

FY26Q1の増分600億円/四半期をそのまま延ばすと、FY26末で4,950億円。目標5,000億円の99%で、必要ペース617億円/四半期に対してほぼオンペースです。

ただし期中は線形になりません。残り1,850億円のうち固定費の残枠は500億円しかなく、79%を変動費で取る必要があります。会社は「設計変更による貴金属消費量の低減などの効果はモデルイヤー切替に伴い26年度下期から出てくる」と明言しており、効果は下期に偏ります。Q2が鈍っても異常ではなく、Q3時点で累計4,000億円に乗っているかが判定ラインです。

そして重要なのは、Re:NissanはFY26が最終年度だということです。年度平均ランレートで見るとFY25の1,312億円からFY26の4,050億円へ増えますが、FY27に自動的に乗るのはFY26末ランレートとFY26平均の差=キャリーオーバー約900億円だけ。一方、インフレと原材料の逆風は年▲1,000〜1,400億円で継続します。線形に置くと、コスト削減はFY27の増益ドライバーとして機能しません。


第六章 FY27シナリオ

FY27の増益余地はコスト削減の外側にあります。一過性の剥落(FY26に米国・英国の環境規制で▲1,190億円を織り込み済み)、関税還付、追浜統廃合と稼働率上昇、単価とミックスの継続です。

シナリオ Δ営業利益 自動車事業 連結 損益分岐台数
Bear ▲1,850 ▲2,750億 +150億 290万台
Base +1,350 +450億 +3,350億 244万台
Bull +4,130 +3,230億 +6,130億 205万台

Baseは、キャリーオーバー+900、追浜等で生産費用+700、一過性の半分が剥落、原材料▲600、関税横ばいを置いたケースです。ここでFY27にようやく自動車事業が黒字化し、損益分岐台数は会社目標の250万台を下回ります。

裏を返せば、Re:Nissanを完遂して初めてトントンを超えるということであり、余裕はありません。Bearは一過性が剥落せず関税が悪化するケースで、損益分岐台数は290万台に跳ね上がり、計画台数では届きません。


第七章 新型4車種の織り込み

エルグランド、キックス、テクトン、北米ローグe-POWER。いずれもすでに会社見通しに織り込まれています。地域別に必要増分を逆算すると、誰が何を埋めるのかがはっきりします(小売、千台)。

  通期必要 Q1実績 Q2-Q4必要 担い手
日本 +31 +1 +30 キックス/エルグランド
北米 +29 +13 +16 ローグ e-POWER(下期)
欧州 +23 ▲11 +34 ← 4車種の外
その他 ▲11 ▲18 +7 テクトン(インド)
中国 ▲73 +9 ▲82 (持分法・連結外)

日本の増分+31千台はQ1でわずか+1千台しか出ておらず、通期計画のほぼ全量がキックスとエルグランドに乗っています

供給の天井

ただしエルグランドに上振れ余地はありません。生産する日産車体九州は年12万台の能力の約8割が輸出向け高級SUV(パトロール/アルマーダ/QX80)で埋まっており、エルグランドの枠は月2,000台=年24,000台。会社の月販目標1,900台は天井とほぼ同じです。受注残8,000台は4か月分にあたり、現場の納期3〜4か月と一致します。

つまり受注が8千台でも1万台でも年間利益は変わらず、変わるのは利益の確度だけ。受注残は売上の先食いではなく、確度の担保として読むべき数字です。

なお、エルグランドが九州に入れるのは中東向けの連結売上台数が3.4万台→1.8万台とほぼ半減して枠が空いているからであり、中東の物流が正常化すると、そこで初めて枠の競合が起きます。

限界利益への寄与

一台あたり限界利益を全社平均70.6万円と比べると、次のようになります(エルグランド・パトロール・QX80の倍率は姉妹編の推定による)。

車種 単価 一台あたり限界利益 全社平均比
QX80 1,300万円 245万円 3.5倍
パトロール/アルマーダ 182万円 2.6倍
エルグランド 600万円 168万円 2.4倍
ローグ e-POWER 480万円 77万円 1.1倍
キックス 330万円 53万円 0.8倍
テクトン 220万円 22万円 0.3倍

エルグランド・キックス・ローグの3車種で損益分岐台数は19千台低下しますが、テクトンが7千台押し戻し、正味で12千台の低下にとどまります。テクトンはルノーのインド工場での委託生産で固定費を一切増やさないため、利益額としてはプラスですが、限界利益率が低いため平均を薄めます。テクトンを損益分岐台数で評価してはいけない、という典型例です。

もう一つの構造的な制約として、第三世代e-POWERの5-in-1ユニットは横浜工場製で、エルグランド・キックス・欧州キャシュカイ・北米ローグがすべて同じユニットを積みます。4車種は独立ではなく、共通のボトルネックを取り合う関係にあります。


第八章 監視指標

  1. Q3累計コスト改善4,000億円 — 未達ならRe:Nissanの5,000億円目標が崩れます
  2. 変動費削減の下期立ち上がり — 残りの79%がここ。Q2ではなくQ3で判断
  3. 固定費側の「その他」▲1,000億円の正体 — 開示がなく、FY27に反復するかが最大の不確実性
  4. インフレ(モノづくり)の年間額 — ▲774→▲450と縮小中。再拡大すると固定費削減が全部消えます
  5. 関税 — 変動費削減2,404億円を丸ごと相殺している唯一の要因
  6. 欧州のQ2-Q4 +34千台 — 4車種がカバーしない最大の穴。Q1は▲11千台と逆行
  7. 九州の生産枠配分 — 北米QX80の台数と日本エルグランドの納車台数を並べて見る。エルグランドを優先してQX80を絞ると、台数は計画通りでもミックス悪化で利益が届きません

損益分岐点シミュレータ

前提を動かすと、損益分岐台数と営業利益がその場で再計算されます。初期値はFY26見通しです。

一台あたり限界利益単価 × 限界利益率
自動車事業 営業利益及び消去ベース
連結 営業利益FY26見通し 2,000億
損益分岐台数(自動車)
安全余裕率(連結)連結が赤字化するまでの台数余裕
自動車事業 売上高台数 × 単価

留保

本稿の数値には推定が含まれます。主なものは次の通りです。

本稿は情報提供を目的としたものであり、投資勧誘・投資助言ではありません。

出典 日産自動車 2025年度決算短信・決算プレゼン資料・アナリスト説明会質疑応答(2026/5/13)、2026年度第1四半期決算資料(2026/8/3)、決算データシート、Historical financial data、有価証券報告書第126期。