デュアルコア・モビリティ【改訂版】
― 街乗り日本における最適解の探求 ―
商品開発 soy × 技術者 fable 改訂対談
改訂版まえがき
本書の初版は、soyと対話型AI「opus」の対談として編まれた。その後、議論の答え合わせの対象だった東風日産NX8が二〇二六年四月八日に正式発売され、推定だった数字の多くが確定値となった。第三世代e-POWERも、欧州キャシュカイでの先行量産から、エルグランド、キックス、ローグへの世界展開という新しい局面に入った。
本改訂版では、対話の相手をopusの後継にあたる「fable」に替え、初版の議論を一つひとつ検証し直した。よくできていた骨格はそのまま残し、科学的に甘かった数字は現実の値に正し、確定した事実で推定を置き換えた。初版でopusが犯した間違い——熱効率の誤記や、リーフとアリアの取り違え——も、教訓として本文に残してある。間違いを消すのではなく、間違いから何を学んだかを残すこと。それがこの本の流儀である。
目次
- 序章 一台の3Dプリント模型から
- 第一章 遊星機構という発明 ― トヨタTHSを正当に評価する
- 第二章 捨てる思想 ― 日産e-POWERの割り切り
- 第三章 走り方という現実 ― 主戦場はどこか
- 第四章 壁の中の五万円 ― インフラという分岐点
- 第五章 電池容量の谷 ― 外部充電が決める設計
- 第六章 パッケージングの奥行き ― 床下の取り合い
- 第七章 第三世代の実力 ― 数字に誠実であること
- 第八章 止まっているときの価値 ― 動く部屋、動く電源
- 第九章 詰めすぎない判断 ― 発電排気量と電池化学
- 第十章 もう一つの主戦場 ― 北米とローグe-POWER
- 第十一章 拾い直す思想 ― V6ハイブリッドはなぜ刺さるか
- 終章 二つの価値観は両立する ― そして現実は、すでに動いていた
- 補論 日産本体の現在地と、構想が収まる場所
序章 一台の3Dプリント模型から
soy この対談は、一本の動画から始まったんです。トヨタのE-CVTを3Dプリントの模型で再現して、ギアの動きを目で見えるようにしたもの。赤や青や緑の歯車が噛み合って回る、あれです。
fable あの模型がよくできていたのは、ふだん金属の塊の中に隠れていて見えない遊星歯車の動きを、手で回しながら体感できるようにしていた点です。変速機というものが、いかにシンプルな原理で無段変速を成立させているか。それが一目でわかる。
soy 私はあれを見て、まず「要するにモーターとエンジンとタイヤを繋いでいるんだな」と思ったんです。ところが話していくうちに、それだけでは足りないことがわかってきた。
fable そこが出発点でした。繋いでいる、で間違いではない。けれど正確には「三つを固定リンクで直結している」のではなく、「遊星歯車という一つの部品が、三つの回転を一つの数式で縛っている」。そして、その縛りの比率をモーターで電気的に自在に変えられる。だから物理的なベルトなしに無段変速が成り立つ。
soy あの模型を入口にして、結局そこから自動車の動力方式全体の話に広がっていったわけですが、議論を振り返ると、私たちはずっと一つの問いを立て続けていた気がします。
fable 「どの方式が優れているか」ではなく、「誰の、どんな使い方に最適化するか」ですね。
soy そう。これは商品開発の人間としては当たり前の出発点なんです。世の中には「BEVこそ正解」「いやハイブリッドだ」「結局エンジンが一番」と、方式そのものに優劣をつけたがる議論が多い。でも実際にクルマを買って使うのは人間で、その人の暮らし方は一人ひとり違う。だから「正しい方式」を探すより、「この人にはこれが最適」という地図を描くほうが、よほど実りがある。
fable 技術者の立場から言っても、その姿勢は健全です。動力方式というのは、それぞれが異なる前提条件の下で最適化されている。前提を無視して「効率が何パーセント高い」と比べても、それは違う土俵の数字を並べているだけになりかねない。同じ五十キロワットのモーターでも、軽自動車に積むのと二トンのSUVに積むのとでは、意味がまるで違う。数字の背後にある前提を読まずに、数字だけを比べることほど、技術の議論を痩せさせるものはありません。
soy まずトヨタの遊星機構を正当に評価することから始めたい。私は心情としては日産を応援している人間です。けれど、だからといってトヨタの凄さを否定するのは、技術に対して誠実ではない。むしろ遊星機構はハイブリッドの一つの到達点として、きちんと敬意を払うべきだと思っている。
fable 同感です。評価軸が違うものを、優劣ではなく思想の差として並べる。その上で、では日本の街乗りという具体的な現実に対して、どんな解が最も無駄が少ないのかを探っていく。それが本書の道筋です。
soy そして面白いのは、初版の議論を、ある実在のクルマをあえて見ずに進めたことなんです。後半で答え合わせをするんですが、第一原理から積み上げた結論が、現実の量産車とどれだけ一致し、どこで分かれたか。しかも今回の改訂では、そのクルマが正式発売されて、推定が確定値になった。
fable ええ。先に少しだけ触れておくと、机上で「これが最適だ」と詰めた構成は、骨格においてはその量産車とほぼ完全に一致していました。物理と論理は、市場を知らずとも同じ骨格にたどり着いた。一方で、寸法や規模に関わる部分は、前提条件の違いゆえに見事に分かれた。これは「どちらが間違い」という話ではなく、「前提が違えば最適解も変わる」という、設計の本質そのものを照らし出す結果になりました。発売後の確定値は、この構図をさらにくっきりさせています。
soy その答え合わせは終章の楽しみにとっておきましょう。では、まず遊星機構の話からいきましょうか。一台の模型から、ずいぶん遠くまで行きますよ。
第一章 遊星機構という発明 ― トヨタTHSを正当に評価する
soy トヨタのハイブリッド、THS。あの中核にあるのが遊星歯車機構、いわゆるパワー・スプリット・デバイスですね。まずこれが何をしているのか、改めて教えてください。
fable 遊星歯車というのは、中心に「サンギア」、その外周を回る「プラネタリギア」、それらを抱える腕の「キャリア」、そして一番外側を囲む「リングギア」という構成です。トヨタのTHSでは、この三つの要素にそれぞれ役割を割り当てています。サンギアにモーター・ジェネレーターの一号機、MG1。キャリアにエンジン。リングギアにMG2と出力、つまりタイヤ側。
soy その三つが、一つの数式で縛られている、と。
fable そうです。遊星歯車には、三つの回転数の間に常に一定の関係式が成り立つという性質があります。専門的には共線図、あるいはレバー比で表現します。シーソーを思い浮かべてください。一直線上に三つの点があって、両端と真ん中。どれか二つの点の高さが決まれば、残り一つの高さは自動的に決まる。回転数も同じで、三つのうち二つが決まれば三つ目は必然的に定まる。
soy なるほど。それで変速というのは、歯車を入れ替えているわけではない、と。
fable ええ。ここが遊星機構の発明としての美しさです。普通の変速機は、ギアを物理的に切り替えて比率を変える。ベルト式のCVTなら、プーリーの径を変える。どちらも機械部品を動かしている。ところがTHSは、MG1の回転数をモーターで電気的に調整するだけで、エンジンの回転数を一定に保ったまま、タイヤの速度を連続的に変えられる。歯車も動かさず、ベルトもなく、ただ電気で一つの回転数を制御するだけで無段変速が成立する。
soy あの模型でMG1役の歯車を指で押さえると、エンジン役を回したままタイヤ役の速度が変わる、というのを体感できる、という話でしたね。
fable まさにそれが共線図のレバーが傾く瞬間です。手で触れて理解できるというのは、本当によくできた教材だと思います。エンジンを止めたまま、MG1とMG2だけで走ることもできる。エンジンをかけて、その力の一部で発電しながら走ることもできる。一つの遊星歯車が、走行状態に応じてまるで人格を変えるように振る舞う。これを一九九七年の初代プリウスの時点で量産にこぎつけたのは、今振り返っても驚異的なことです。
soy 私が感心するのは、この仕組みの欲張りさなんです。エンジンの力を、機械的にそのままタイヤに伝える道と、いったん電気に変えてモーターで駆動する道、その両方を持っている。
fable おっしゃる通りです。これがTHSの思想の核心で、私は「機械パスを捨てない」設計だと表現しています。エンジン出力を、機械パスと電気パスに分割する。低速のうちは電気パスの比率が大きく、モーター主体で走る。高速巡航のように、エンジンの回転とタイヤの回転が素直に噛み合う領域になると、機械パスが主役になる。
soy 高速で機械パスが効くというのは、どういうメリットなんですか。
fable 発電と駆動を二度通る電気変換のロスを避けられる、という点です。エンジンの力をいったん発電機で電気に変え、その電気でまたモーターを回す。この二度の変換には、それぞれ損失が伴います。ここは初版で数字を盛りすぎた箇所なので、改訂版では正確に言い直させてください。初版では「発電機で約一割、モーターで約一割、合わせて二割近くが熱になる」と書きました。けれど現代の発電機・インバーター・モーターは、それぞれ効率九十五パーセント前後まで来ている。直列に掛け合わせても、片道の電気パス全体でおよそ一割強の損失、電池を経由すればもう数パーセント上乗せ、というのが実力です。二割は、ひと昔前の感覚でした。
soy ロスは半分くらいに見積もり直す、と。でも、一割は一割で残るわけですね。
fable そうです。そして結論は変わりません。高速巡航で機械パスを使えば、その一割強の変換ロスを払わずに済む。燃費にすればはっきり差が出る量です。高速を多用する人にとって、THSの機械パスは依然として無視できない武器です。数字を正したことで、むしろ「どのくらいの差か」が等身大で見えるようになった。
soy それは確かに賢い。日産のe-POWERが高速で弱いと言われがちなのは、まさにそこを持っていないからですね。
fable そうなんです。e-POWERは構造上、どんな速度域でも必ず電気パスを通る。だから高速巡航でも、その変換ロスを払い続ける。だからこそ、私はTHSをハイブリッドの一つの完成形として正当に評価すべきだと思っています。遊星歯車という一つの部品で、エンジンと二つのモーターを束ね、機械と電気の両方の利点を取りにいく。複雑さを引き受ける代わりに、効率の最適化を成し遂げている。これは引き算ではなく、足し算の美学です。
soy 日産を応援する立場でも、ここは素直に脱帽すべきところだと。
fable ええ。技術に派閥を持ち込むと、見えるものも見えなくなります。THSの遊星機構は、ハイブリッドとして真っ当に優れている。その事実を認めた上で、では別の思想はどうか、と進むのが筋です。それに、後で見ていくように、トヨタ自身もこの遊星機構を金科玉条としているわけではない。用途によっては、もっと単純なシリーズ式に近い構成を選ぶこともある。優れた技術者は、自分の発明にすら固執しないんです。
soy わかりました。では、その別の思想、日産の捨てる発想に話を移しましょう。
第二章 捨てる思想 ― 日産e-POWERの割り切り
soy 日産のe-POWERは、トヨタとはまったく逆のアプローチですね。私はこれを「捨てる思想」と呼びたいんです。
fable 的確な表現だと思います。THSが機械パスを捨てなかったのに対し、e-POWERは機械パスを最初から捨てている。エンジンとタイヤを機械的に切り離して、エンジンを発電専用に割り切る。駆動はすべてモーターが行う。いわゆるシリーズハイブリッドです。
soy その割り切りによって、何が起きるんですか。
fable まず、遊星歯車もクラッチも、複雑な変速機構もいらなくなります。エンジンはタイヤを駆動しないので、効率の良い回転数だけで回していればいい。ドライバーがアクセルを踏もうが、エンジンの仕事は発電することだけ。だから構造が劇的に単純になる。
soy 商品として見ると、この単純さは大きな価値なんです。部品が減れば、故障も減るし、コストも下がる。それに、駆動が完全にモーターだけというのは、乗り味が一貫してEVそのものになる。発進から最大トルクが立ち上がる、あの気持ちよさ。
fable そこがe-POWERの一番の魅力ですね。エンジン車のような、変速ショックもなければ、回転数と速度がちぐはぐに感じる瞬間もない。アクセルを踏めば、そのままスッと前に出る。電気駆動の素直さを、ガソリンを燃料にしながら実現している。
soy しかも、エンジンを発電専用に割り切ったことには、もう一つ深い意味がありますよね。
fable ええ。これは効率の面でも効いてくるんです。普通のエンジンは、アイドリングから高回転まで、あらゆる回転数で、それなりに働けるように設計しなければならない。広い守備範囲を持たされる。ところが発電専用と割り切れば、エンジンは最も効率の良い一点、いわゆるスイートスポットだけで回していればいい。守備範囲を捨てて、一点に特化できる。この割り切りがあるからこそ、後で出てくる熱効率四十二パーセントという、ガソリンエンジンとしては驚異的な数字が出せる。捨てたからこそ、その一点を極められた。
soy 捨てることが、別の頂点を生んでいる。
fable 設計とは、何を捨てるかで性格が決まります。捨てることを恐れると、すべてが中途半端になる。日産は機械パスを捨てた。その代償として高速効率を一部諦めたけれど、得たものも大きい。乗り味の一貫性と、発電専用エンジンの極めて高い効率。この潔さは、後の章で出てくる街乗り日本という土俵では、むしろ強烈な武器になります。
soy ただ、ここで一つ整理しておきたいことがあります。e-POWERの走行モードの呼び方についてです。あの動画では「シリーズハイブリッドモード」という言葉が出てきましたが、トヨタのTHSにそれを当てはめるのは正確ではない、と。
fable ええ、そこは丁寧に区別すべき点です。エンジンで発電して、その電力でモーターを駆動する。この局面だけを見ると「シリーズハイブリッドのようだ」と表現したくなる。けれどTHSは構造上、常にパワースプリット式です。発電して走る場面でも、遊星歯車を経由した機械トルクが残っている。だから純粋なシリーズ、つまり機械的に完全に分離した状態ではないんです。
soy 純シリーズなのは、むしろ日産のe-POWERのほうだ、と。
fable その通りです。e-POWERはエンジンとタイヤが機械的に繋がっていない。これが純シリーズです。ここがトヨタ方式との決定的な違いで、両者は同じ電気で走る局面を持っていても、骨格がまったく違う。言葉は似ていても、中身は別物なんです。
soy この違いが、結局それぞれの強みと弱みを生むわけですね。
fable はい。THSは機械パスを残したぶん、高速で効率が良い。e-POWERは機械パスを捨てたぶん、構造が単純で乗り味が一貫している。どちらが優れているという話ではなく、何を優先したかという哲学の差です。トヨタは「ロスの最小化」に価値を置き、日産は「単純さと、そこから広がる発展性」に価値を置いた。
soy その発展性というのが、この本ではどんどん効いてくるんですよね。捨てたシンプルな骨格だからこそ、後から電池を足したり、外部充電を付けたりと、いくらでも発展させられる。
fable まさに。複雑に作り込んだものは、それ以上いじりにくい。単純な骨格は、拡張の余地を残している。日産が捨てた潔さは、未来への余白でもあった。この余白が、レンジエクステンダーへと育っていく土壌になります。それは後の章で詳しく見ていきましょう。
第三章 走り方という現実 ― 主戦場はどこか
soy トヨタの高速効率と、日産の街乗り一貫性。どちらが効くかは使い方次第、という話になりました。では実際、人々はどう走っているのか。ここが商品開発では決定的に重要なんです。
fable データで考えるべきところですね。カタログのスペックではなく、現実の走行分布で。
soy たとえば、月に千キロ走る人がいるとします。でもそのうち高速道路に乗るのは一日だけ、というケースは本当に多い。残りは通勤、買い物、子供の送り迎え、近所の用事。圧倒的に街乗りなんです。
fable その分布で考えると、構図がはっきりします。THSの機械パスが効くのは高速巡航の領域です。けれど月千キロのうち高速が一日なら、距離で見れば全体の数パーセント。残りの九割以上は街乗りで、そこでは両方式とも電気パス、つまりモーター駆動が主役になる。
soy つまりTHSが払っている遊星歯車の複雑さというコストが、この使い方ではほとんど回収されない。
fable そう言えます。高速優位という技術的な強みは本物です。けれど、それが活きる領域に滅多に行かないなら、その強みは「多くの人の財布や体感には届かない領域での優位」になってしまう。マラソンの後半に強いランナーが、毎日五キロしか走らない人の練習相手としては、その持久力を発揮する場面がない。能力があることと、その能力が日々の役に立つことは、別の話なんです。
soy しかも街乗りというのは、加減速の塊なんですよね。信号で止まって、また出て。渋滞でのろのろ進んで。ここはモーター駆動が一番得意とするところです。
fable ええ。発進時の最大トルク、減速時の回生、停止状態からの静粛性。どれもモーターの独壇場です。特に渋滞は象徴的で、エンジン車ならアイドリングで燃料を無駄にする場面ですが、シリーズ式やモーター駆動は止まっている間エンジンも止まり、必要なときだけ発電する。渋滞こそ電動車が最も輝く局面です。
soy この事実は、もっと声を大にして言われていいと思うんです。「あなたの走り方なら、シリーズ式で十分どころか最適ですよ」と。ところが現実には、燃費スペックの競争、つまり高速も含めた総合値で語られがちで、街乗り中心の人が自分の土俵じゃない数字で比較させられている。
fable マーケティングの問題でもありますね。日産のe-POWERは、本来「街乗り一貫性」という強みをもっと前面に出せたはずです。にもかかわらず、高速燃費という弱点の側で比較表に載せられ、不利な勝負を強いられてきた面がある。比較表というのは、往々にして、その商品が一番得意なことではなく、一番見劣りすることを浮き彫りにしてしまう。
soy 第三世代e-POWERが高速燃費を改善してきたのも、弱点を潰すと同時に、比較表で負けないための商品政策でもあるわけですね。
fable その側面はあるでしょう。市場が総合燃費という物差しで測る以上、そこで見劣りしないようにする必要がある。ただ、本質的な強みはやはり街乗りの一貫性にある。ここを取り違えると、本来の支持層に届く前に、不得意な土俵で消耗してしまう。
soy 高速を年に数えるほどしか走らない層が、実はボリュームゾーンなんですよね。
fable そこがe-POWER戦略の、地に足のついた強さです。設計思想として正しいかどうか以前に、ユーザーの実走行分布が、シリーズ式の割り切りの前提とほぼ一致している。商品開発でよく言われることですが、最も多くの人の最も多くの時間を満たす設計が、結局は強い。派手なスペックが活きる稀な場面より、毎日の平凡な往復をどれだけ気持ちよくこなせるか。そこにクルマの真価がある。
soy ここまでで、思想の対比と、それが効く現実の土俵が見えてきました。でも、ここから先に進むには、もう一つ大きな前提を確認しなければいけない。それが充電できるかどうか、という話なんです。
fable クルマの中ではなく、家の話ですね。ここが、すべての分岐の本当の出発点になります。
第四章 壁の中の五万円 ― インフラという分岐点
soy ここまで動力方式の話をしてきましたが、実はもっと手前に、すべてを決めてしまう分岐点がある。それが自宅で充電できるかどうか、なんです。
fable クルマの性能以前の問題ですね。どんなに優れたBEVでも、充電する場所がなければ真価を発揮できない。
soy 私自身の話をすると、家を買ったとき、最初から充電ポートが付いていたんです。だから新型リーフ、B5Xに乗っても、充電のコストはほぼゼロで済んでいる。ところが先日、ある人に聞いたら、充電器を後から設置すると三十万円くらいかかると言うんですね。
fable 配線の距離、ブレーカーの増設、外壁の取り回し。条件によっては数万円で済むこともあれば、三十万円近くまで膨らむこともある。確かに地味に大きな壁です。
soy ここで面白いのが、新築のときなら同じものが五万円くらいで付く、という点なんです。家を建てる工程で、壁の中に配線を通すついでにやれば安い。ところがそのタイミングを逃すと、後から壁を開けて工事することになって、六倍に膨れ上がる。
fable 時間軸のミスマッチですね。新築時の五万円は「まだ乗ってもいないクルマのための投資」に見えてしまう。だから削られる。EVを買うかまだ決めていない、じゃあ充電ポートは要らない、と。ところが数年後にやはりEVを、となったときには、もう三十万円の工事しか選択肢が残っていない。
soy 私が不思議でならないのは、日本人は家を建てるとき、なぜこの五万円をケチるんだろう、ということなんです。これさえあれば、BEVもプラグインハイブリッドも、後で出てくるレンジエクステンダーも、全部の選択肢が開く。
fable おっしゃる通りで、新築時の五万円は、車種選びの自由度を丸ごと買う投資なんです。家に充電ポートがあれば、あらゆる電動化の選択肢が手に入る。逆にケチると、将来の自分は充電できない前提のクルマ、つまり発電機を積んだ重くて高いクルマに縛られる。五万円をケチった代償を、車両価格と燃料代で延々と払い続けることになる。
soy 期待値で考えたら、五万円は即決のはずなんですよ。なのに今はまだ要らないが勝ってしまう。
fable 人間のごく普通の心理ですね。使うかどうかまだ分からないものに、今お金を出したくない。行動経済学でいう現在バイアスそのものです。今日の確実な五万円の出費は痛く感じ、数年後の不確実な三十万円は割り引いて考えてしまう。住宅メーカーも標準提案しないことが多いから、知らないうちに分岐点を踏み外してしまう。
soy これは個人の近視眼が、国レベルの最適化を壊している話だと思うんです。本来、新築住宅に充電ポートを標準化するか、補助を付けるだけで、日本の電動化のボトルネックの相当部分が溶ける。戦うべきは航続距離でも電池技術でもなく、家の壁の中の五万円の配線だった。
fable この視点は重要です。私たちはつい、電動化の課題を電池の性能や航続距離といったクルマ側の技術問題だと考えがちです。けれど本当のボトルネックは、しばしばクルマの外側、社会インフラの側にある。どれだけ優れたBEVを作っても、充電できる家が増えなければ普及しない。技術の問題に見えて、実は制度と習慣の問題なんです。
soy そして、この分岐点が、クルマ選びの全前提を決めます。
fable はい。自宅充電ができる人は、BEVからプラグインハイブリッドまで全選択肢が開く。できない人は、給油で完結する従来型ハイブリッドや純e-POWERに割り切るのが合理的になる。同じ街乗り中心という走り方でも、家に充電ポートがあるかないかで、最適なクルマがまったく変わってくる。
soy 私の場合は、たまたま充電ポートが最初から付いていた。いわばインフラ当たりくじを引いた側なんです。だからB5Xが最適解になる。でもくじを引けなかった大多数の街乗り勢には、別の答えが要る。
fable そこで次の問いに繋がります。充電できる人が、ではどれだけの電池を積むべきか。実はこの電池をいくつ積むかという問いの答えも、突き詰めると外部充電するかどうかに行き着くんです。クルマの中の設計が、家のインフラに規定される。すべては繋がっている。
soy 容量の話ですね。ここが、一番構造的に面白かったところです。
第五章 電池容量の谷 ― 外部充電が決める設計
soy 電池を何キロワットアワー積むか。これは単なる数字の大小ではなくて、クルマの人格そのものを決める問題だ、という話になりました。
fable はい。そして容量を決める本質的な基準は、ただ一つ、外部充電をするかどうかです。これに尽きます。
soy まず、外部充電をしない場合。
fable 外部充電をしないなら、電池に電気を入れる手段はエンジン発電だけになります。つまり電池は、エンジンが作った電気を一時的に貯めて、モーターに渡す中継バッファとしてしか働かない。加速時にドカッと使い、減速時に回生で戻す。その瞬間的な出し入れを賄えればいい。だから小さくていい。
soy それが現行のe-POWERの二キロワットアワー、正確には二・一キロワットアワーという容量ですね。
fable そうです。これはエンジンの発電とモーターの消費のタイミングのズレを吸収するのに必要十分な最小サイズです。外部充電しないのに大きな電池を積んでも、それを満たすのは結局エンジンが燃やしたガソリン。大容量電池がガソリンで充電する電池になってしまって、容量を増やす意味がほとんどない。重いだけの死に荷重になる。電池はパック全体で見ると、一キロワットアワーあたりおよそ五キロから八キロの重さがあります。十キロワットアワー増やせば、それだけで五十から八十キロ、大人一人分の体重を常に積んで走ることになる。使わない電池は、ただの重りです。
soy 逆に、外部充電をする場合は。
fable 話がまるごと変わります。外部充電をするなら、電池は外から入れた電気でEV走行するための燃料タンクになる。大きいほどEV走行距離が伸びる。だから二十から三十キロワットアワーといった容量に、はっきりとした意味が出てくる。同じ重さの電池でも、外部充電という入り口があるかないかで、宝にも重りにもなる。
soy ここで面白いのが、その中間、十キロワットアワーあたりが谷になる、という話でした。
fable ええ。ここも初版の計算を、日本の現実に合わせて言い直します。家庭の普通充電は、二百ボルト十五アンペアの三キロワットが標準で、設備を選べば三十アンペアの六キロワットまで上げられる。一晩八時間なら、三キロワットでも二十四キロワットアワー、六キロワットなら理論上四十八キロワットアワーを入れられる能力がある。ところが十キロワットアワーの電池だと、三キロワットですら三時間半で満タンになってしまい、夜の充電能力の大半を持て余す。かといって外部充電しないなら、二キロワットアワーで足りるところに十を積むのは過剰で、ただ重い。
soy 充電するには小さく、しないには大きい。どっちつかずの谷間ですね。
fable その通りです。だから設計として筋が通るのは、二キロワットアワーの純e-POWERに振り切るか、二十から三十キロワットアワーのプラグイン式に振り切るか、そのどちらかなんです。中間は、あまり意味がない。容量という連続した数字の中に、実は使われ方の不連続な断層が走っている。
soy 私はこの整理に、ちょっと感動したんですよ。電池容量という、ただの数字の大小だと思っていたものの中に、人格の境界線があった。
fable 容量がクルマの人格を決める、という言い方ができます。二キロワットアワーなら、エンジン主体で発電して走る純e-POWERという人格。二十キロワットアワーなら、日常はEV、長距離は発電というバランス型。三十キロワットアワーなら、ほぼBEVで、エンジンは純粋な保険という、もう一段BEV寄りの人格。同じシリーズ式という骨格の上で、電池容量のスライダーをどこに置くかで、まったく違うクルマになる。骨格は同じでも、魂が変わるんです。
soy この、プラグインありで電池を大きくしたシリーズ式というのが、つまりレンジエクステンダー、増程式EVですね。
fable はい。基本はEVで、電池が尽きたらエンジンで発電して航続を延ばす。エンジンはタイヤと繋がらず発電専用。骨格はe-POWERと同じで、電池を日常分に最適化し、外部充電口を付けたもの。第二章で話した「捨てたシンプルな骨格に、後から足していく」という発展性が、ここで具体的な形になる。
soy 歴史的には、BMWのi3にレンジエクステンダー仕様がありましたし、初代のシボレー・ボルトもそうでした。でも廃れた。
fable 当時は電池が高く、容量も小さくて中途半端だったんです。純BEVの航続が伸びるにつれ、存在意義が薄れた。ところが電池が安く高密度になった今、状況が変わった。二十から三十キロワットアワー級のEV走行と発電機という構成が、ようやく現実的なコストに乗ってきた。だから世界的に、特に中国で爆発的に再評価されている。技術が一周回って、かつて時期尚早だったアイデアに、時代が追いついたんです。
soy 時代が一周して、捨てる思想に電池を足すと、自然にレンジエクステンダーに行き着く。
fable そうです。そしてここが本書の議論の背骨になります。日産はe-POWERという、捨てて単純化した骨格をすでに持っている。あとはそこに電池を足し、外部充電口を付けるだけで、レンジエクステンダーになる。新しく複雑なものを発明する必要はない。手の中にある単純な骨格を、少し育てるだけでいい。では、その電池をどう車体に収めるか。ここからが、もう一つの奥深い世界でした。
soy パッケージングの話ですね。床下の取り合いという、物理の制約です。
コラム PHEVの収支 ― 三つの実例
soy 第五章の話を、現実のプラグインハイブリッドで確かめておきたいんです。本書はシリーズ式のe-POWERとレンジエクステンダー、それにトヨタの遊星機構を軸にしてきましたが、市場にはもう一つ、外部充電できる大容量電池を積んだクルマが実際に走っている。プリウスPHEV、RAV4 PHEV、そしてアウトランダーPHEV。この三台を並べると、容量の谷の議論がはっきり見えてきます。
fable いい題材です。三台とも「外部充電する大容量電池」という第五章の条件を満たしていますが、骨格と車重が違うために、収支がまるで分かれます。
soy まずプリウスPHEV。
fable これは第一章で評価した「機械パスを捨てない」遊星機構に、十三・六キロワットアワーの電池と外部充電を足したものです。EV走行は十七インチ装着車で百五キロ、車重は千五百九十キロと軽い。エンジンは二・〇リットル、高速はエンジン直結の機械パスが効くのでハイブリッド燃費も二十六キロと優秀。日常はEV、長距離は機械パスで高速効率が落ちない。電池容量を欲張らず、軽さを保ったまま外部充電の利点だけ取った、収支の合う優等生です。
soy 次にRAV4 PHEV。最新型はEV走行が大きく伸びましたね。
fable ええ、ここは私の古い数字を正してもらった点です。新型RAV4 PHEVは電池を約二十二・七キロワットアワーに拡大し、炭化ケイ素半導体の採用もあって、EV走行が百五十一キロに達しています。これは私たちのジューク級レンジエクステンダー構想のEV百五十キロ級と、ほぼ同じEV航続です。骨格はプリウスと同じ遊星機構で、機械パスを残したまま電池だけ大きくした。車重は千九百八十キロと増えますが、SUVの車格でこのEV航続と、V2Hで家一軒に給電できる外部給電能力。電池を大きくしてもなお、機械パスのおかげで高速効率を確保している。容量を増やす方向の、収支の合う実例です。
soy そして、アウトランダーPHEV。これが収支の合わない例だと私は見ています。
fable ここが対照的なんです。アウトランダーPHEVは、前後二モーターのシリーズ式に近い骨格で、二十・〇キロワットアワーの大電池を積み、車重が約二・一トン。EV走行は約八十七キロと数字は出るのですが、それを成立させるために常時二トン超を運んでいる。第五章で話した、電池一キロワットアワーあたり五から八キロの重さ、という死荷重の問題が、ここで効いてくる。大電池に加えて、本格的な四輪駆動機構と大柄なボディが、車重を押し上げている。
soy EV航続はプリウスと同じくらいなのに、車重がずっと重い。
fable そこが収支の分かれ目です。プリウスは十三・六キロワットアワーで百五キロを軽い車体で走る。アウトランダーは二十キロワットアワーで八十七キロを二トン超で走る。同じEV航続なら、軽いほうが電気を無駄なく使えている。さらにアウトランダーはシリーズ寄りなので、電池が尽きた後の発電走行でも、二トンの車重を発電した電気で動かし続けることになり、燃費が伸びにくい。動く電源としての価値や、雪道での四駆性能は高いのですが、こと走りの効率という収支では、重さのツケを払い続ける。
soy 同じPHEVでも、ここまで結果が違う。
fable 骨格と車重で決まるんです。プリウスとRAV4は機械パスを残し、車重に見合った電池に抑えたから収支が合う。アウトランダーはシリーズ寄りの骨格に大電池と重い車体が重なって、収支が崩れる。第五章で「外部充電するなら大容量に意味が出る」と言いましたが、正確には「意味は出る、ただし車重とのバランスが取れていれば」なんです。重さを無視して容量だけ増やすと、谷の向こう側でまた別の罠が待っている。
soy これは、私たちの構想にそのまま跳ね返ってきますね。
fable ええ。私たちが軽量ジューク級にこだわった理由が、ここで裏から証明されます。アウトランダーが二トン超で収支を崩したのとは逆に、私たちは軽さで電費を稼ぐ。同じシリーズ寄りの骨格でも、車格を抑えれば収支が合う。アウトランダーは、いわば反面教師として、構想の「軽さ」という選択の正しさを示してくれている。次の第六章で詳しく見る床下の取り合いと車重の問題は、この三台がすでに現実で実演していたわけです。
soy 大容量にすればいい、という単純な話ではない。軽さと容量のバランスにこそ、収支の鍵がある。
fable それが、この三台の実例から引き出せる教訓です。では、その軽さと容量を車体のどこにどう収めるか。いよいよ床下の取り合いの話に入りましょう。
第六章 パッケージングの奥行き ― 床下の取り合い
soy 電池を二十キロワットアワー積もう、と数字の上では簡単に言える。でも実際にそれを車体のどこに収めるか、となると、これがまた一筋縄ではいかない。
fable パッケージングは、設計の中でも特に泥臭く、そして本質的な領域です。数字の理想と、物理的な現実が、ここでぶつかります。図面の上では何キロワットアワーでも書けますが、その電池には必ず体積があり、置き場所が要る。
soy 私が一つの手本だと思ったのが、トヨタのヤリスクロスなんです。あの小型SUVの実用枠に、動力系も電池も荷室も、過不足なく詰め込む上手さ。
fable ヤリスクロスのパッケージングの巧みさは、まさにそこですね。限られた寸法の中に、必要なものを破綻なく収める。これは地味ですが、非常に高度な技術の集積です。派手さはないけれど、こういう設計こそが、毎日使うクルマの完成度を決める。
soy で、日産でそれと同じ土俵に立てるのは、寸法的にジューク級かな、と。大きいエクストレイルだと、社内の別のモデルと食い合ってしまう。ジュークなら、しがらみなく一台立てられる。
fable 車格の選び方として理にかなっています。そして、ここでパッケージングの核心的な制約が出てきます。床下のスペースは有限で、電池とガソリンタンクが、その同じエリアを奪い合うんです。
soy 電池を増やすほど、タンクの置き場所が削られる。
fable そうです。シリーズ式の増程車は、普通のガソリン車よりタンクを小さくする設計が主流です。理由は二つ。一つは今の床下の取り合い。電池を床下に積むぶん、ガソリン車なら丸々タンクに使えた空間が圧迫される。もう一つは思想の問題で、増程式は基本EV、エンジンは保険なので、そもそも大タンクで延々と走り続ける使い方を主目的にしていない。
soy ここで私たちは、最初に電池二十、タンク六十リットルで総航続千五百キロという案を立てたんですよね。でも、それはジューク級の床下では厳しいことがわかってきた。
fable 六十リットルというのは、ジューク級の標準を明確に超えています。素のジュークのガソリンタンクが四十六リットルですから、それを上回るタンクに加えて二十キロワットアワーの電池まで床下に詰めるのは、相当に苦しい。荷室や室内を削るか、車高を上げる羽目になりやすい。最初に夢見た数字は、物理に突き返されたわけです。
soy そこで発想を変えたわけです。総航続を伸ばすのに、タンクを大きくするのではなく、発電効率で稼ぐ。
fable これが重要な転換でした。タンクを物理的に大きくするのは、床下の制約ですぐ限界が来る。一方、発電エンジンの効率を上げれば、同じタンク容量でもより長い距離を走れる。第三世代e-POWERが達成している熱効率の高さが、まさにそれです。容量という体積の問題を、効率という性能の問題に振り替える。空間は有限だが、効率には伸びしろがある。
soy 最終的に私たちは、電池二十キロワットアワー、タンクは四十五リットルに落ち着けて、総航続を約千キロと言い切ることにしました。
fable 四十五リットルは、ジューク標準の四十六リットルとほぼ同じです。だから二十キロワットアワーの電池と床下で無理なく共存できる。素のジュークの寸法のまま成立する。EV走行が約百四十キロ、発電走行が約八百キロ、合わせて約千キロ。最初の千五百キロという派手な数字から、千キロへ。
soy 数字は地味になりましたが、私はこちらのほうがずっと良いと思っています。
fable すべての数字が物理的に成立する、という強さがありますね。机上では千五百キロと書けても、それが車体に収まらなければ絵に描いた餅です。約千キロで言い切るほうが、誠実で、かつ実現可能性の裏付けがある。商品としての説得力は、むしろ増したと思います。設計の成熟とは、しばしば、夢の数字を現実の数字へと着地させる過程のことです。
soy パッケージング一つとっても、これだけ奥が深い。数字をいじるだけでは見えてこない、物理の手応えがある。
fable そして、この章で得た「車格を大きくすれば航続は伸ばせる、しかしそれは軽さという別の価値を捨てることだ」というトレードオフの感覚は、後で実在の量産車と答え合わせをするとき、決定的に効いてきます。私たちが軽量ジューク級という制約をあえて課したからこそ、約千キロに収斂した。もしこの制約を外せば、答えはまったく違う場所に着地する。その実例を、後で目の当たりにすることになります。
soy 次は、その動力源である第三世代e-POWERそのものの実力を、数字に誠実に見ていきましょう。
fable ここは初版でopusが一度、間違えたところでもあります。その間違いと訂正の過程自体に、技術を語るうえで大事な教訓が含まれていました。改訂版の私の仕事は、その教訓を引き継いだうえで、すべての数字をもう一度検証することです。
第七章 第三世代の実力 ― 数字に誠実であること
soy 第三世代e-POWER。私たちの構想のエンジンの土台になる動力です。ここで一度、その実力を正確な数字で押さえておきたい。
fable まず、初版の教訓から始めさせてください。初版の対話でopusは、発電エンジンの熱効率を五十パーセント級と書いてしまった。
soy あれは目標値でしたね。
fable その通りです。日産が将来構想として掲げている目標が、熱効率五十パーセント。ところが実際に量産された第三世代e-POWERの専用エンジン、型式でいうとZR15DDTeが達成しているのは四十二パーセントです。STARCという燃焼コンセプト——強いタンブル流で混合気を希釈しても安定燃焼させる技術——による、量産実力値としての四十二パーセント。opusは目標を実力のように書き、soyさんに正された。改訂にあたって私はこの数字を改めて検証しましたが、四十二パーセントは現在も量産値として正しい。
soy そこを正したのが、初版で私が一番好きなところなんです。盛らない。事実と願望を分ける。
fable 設計や提案において、これは決定的に大事な姿勢です。なぜなら、一つでも盛った数字が混じると、議論の全体が信用を失うからです。四十二パーセントというのは、それ自体が世界トップクラスの立派な数字です。ガソリンエンジンの熱効率は長く四十パーセントの壁が高かった。発電専用に割り切ったからこそ、アイドリングも不要、幅広い回転域での妥協も不要で、最も効率の良い一点に動作を寄せられて、四十二パーセントが出せた。第二章で話した、捨てる思想が生んだ成果が、ここに数字となって現れている。五十という願望で飾らなくても、四十二という事実だけで十分に強い。
soy エンジンの素性も整理しておきましょう。
fable 第三世代の発電専用エンジンは、一・五リットルの直列三気筒ターボです。発電専用と割り切ったことで、広い運転領域をカバーする必要がなくなり、むしろシンプルな構成が活きた。気筒数を三つに絞ったのも、軽さと効率を優先した割り切りです。
soy モーターのほうは。
fable 駆動モーターの最高出力は百五十一キロワット。第二世代から十一キロワット向上しています。そして第三世代の象徴が、ファイブ・イン・ワンと呼ばれる構成です。モーター、発電機、インバーター、減速機、増速機という五つの主要部品を、一つのコンパクトなケースに統合した。これによってユニット全体の剛性が上がり、振動や騒音が大幅に低減されました。部品を寄せ集めるのではなく、一体で設計する。これも、単純化の思想の延長にあります。
soy 高速燃費の改善も、私たちがずっと話してきたポイントですね。
fable ええ。第三世代は、第二世代に比べて高速道路での燃費が十四パーセント向上しています。これは、e-POWERの伝統的な弱点だった高速領域を、正面から潰しにきた成果です。第三章で話した、比較表で負けないための弱点潰しが、具体的な数字になっている。
soy ここで、改訂版で新しく加えたい話があります。第三世代の現在地です。初版の時点では、量産搭載は欧州のキャシュカイだけだった。
fable はい。第三世代e-POWERは二〇二五年夏、欧州キャシュカイへの搭載で量産が始まりました。つまり、四十二パーセントもファイブ・イン・ワンも、すでに路上で実証されている。そして今、これからが水平展開の局面です。日本では二〇二六年六月に新型キックスが発表され、第三世代e-POWERを日本市場で初めて搭載しました。続いて七月に新型エルグランドが控えている。北米では、新型ローグに第三世代e-POWERを投入することを、日産自身が二〇二六年モデルの計画として公式に表明しています。
soy ここで、改訂版だからこそ書ける、大事な事実があります。同じ「第三世代e-POWER」でも、エンジンが一種類ではなかった。
fable ええ、これは重要です。日産の公式技術情報が明記しているのですが、第三世代の発電特化型エンジンは二種類あります。一つは、エルグランドやキャシュカイが積む、一・五リットル直三ターボのZR15DDTe。STARC燃焼という日産独自の燃焼コンセプトで、熱効率四十二パーセントを達成している上級ユニット。もう一つは、新型キックスが積む、一・四リットル直三自然吸気のHR14DDe。こちらはSTARCを使わず、熱効率は四十パーセント。現行セレナと共通のエンジンです。
soy 同じ第三世代という看板の下に、ターボの四十二パーセントと、自然吸気の四十パーセント。二段構えになっていた。
fable そうなんです。キックスの確定スペックを押さえておきましょう。発電エンジンはHR14DDe、総排気量一・四三三リットル、圧縮比十三・〇、最高出力七十二キロワット、タンク四十五リットル。駆動モーターは、新型リーフと同じYM52型で、最高出力百五キロワット、最大トルク三百十五ニュートンメートル。WLTCモード燃費は二輪駆動の最良で一リットルあたり二十五・七キロ、高速モードで二十三・八キロ。車両重量は千四百三十キロから。
soy ここで私が唸ったのは、タンクが四十五リットルだったことです。私たちが構想で置いた数字と、ぴったり同じだった。
fable 偶然ではありますが、示唆的な一致です。第六章で私たちは、ジューク級の床下に無理なく収まるタンクとして四十五リットルに着地しました。現実のキックスが、同じ車格でまさに四十五リットルを積んでいる。私たちのパッケージング感覚が、量産車の実寸と一致していたわけです。そして駆動モーターがリーフと共通のYM52だという事実も大きい。補論で読む「リーフのモーター技術がe-POWERへ流用される」という見立てが、型式番号のレベルで裏付けられています。
soy 欧州で先行量産して鍛えた共通の心臓を、日本と北米へ展開していく。
fable そうです。これは本書の構想にとって二重の意味を持ちます。第一に、私たちが土台に据えた駆動系は、一車種の実験ではなく、グローバルで量を作る基幹ユニットになる。量が出れば原価が下がり、後の章で議論する価格の現実性が上がる。実際、日産は次世代のX-in-1構想で、二〇二六年までにe-POWERをエンジン車と同等のコストにする目標を公式に掲げている。第二に、エルグランドのようなLクラスミニバンから、キックスのようなコンパクトまで、第三世代という共通の世代の中で、ターボと自然吸気の二つのエンジンを車格に応じて使い分けながら、同じ電動ユニットを載せていく。これこそ「骨格を共通化し、用途で中身を載せ替える」という日産の設計思想の証明です。私たちのジューク級レンジエクステンダー構想は、この水平展開の列の、まだ空いている一席に座るだけでいい。しかも、心臓は二つの効率から選べる。日常の電費を軽さで稼ぐなら自然吸気のHR14DDeで十分だし、高速ロングランの発電効率を重視するならターボのZR15DDTeを積めばいい。
soy そして、純e-POWERの電池容量。
fable ここは私たちの議論の出発点と完全に一致します。第三世代になっても、プラグインしない純e-POWERの電池は二・一キロワットアワーのまま、従来と同じスペックを維持しています。つまり外部充電しないなら二キロワットアワーで足りるという、第五章の結論が、現行の最新世代でもそのまま正しい。日産自身が、外部充電しない限り電池は小さくていい、と判断している証拠です。
soy 私たちの構想は、この完成された駆動系をそっくり流用して、電池だけを二・一から二十キロワットアワーに拡大し、外部充電口を足す、というものですね。
fable その通りです。ここで大事なのは、事実と試算を明確に分けることです。熱効率四十二パーセント、一・五リットル直三ターボ、百五十一キロワット、ファイブ・イン・ワン、電池二・一キロワットアワー、高速燃費プラス十四パーセント、キャシュカイで量産済み、エルグランド・キックス・ローグへ展開予定。これらはすべて、日産の公式発表や報道で裏が取れる事実です。一方、電池を二十キロワットアワーに拡大したらどうなるか、総航続が約千キロになる、という部分は、私たちの試算です。この二つを混ぜてはいけない。
soy 発電燃費の前提も、熱効率に合わせて見直しましたね。
fable 最初、発電燃費を一リットルあたり二十一キロと置いていましたが、熱効率四十二パーセントの実力を踏まえると、これは少し楽観的でした。そこで一リットルあたり十八キロという、より現実的な値に修正しました。その結果、総航続が下がりましたが、四十五リットルのタンクと合わせて、約千キロという誠実な数字に落ち着いた。ここでも、楽観を現実に引き戻す作業をしている。
soy 盛った数字で千五百キロと言うより、地に足のついた千キロで言い切るほうが、結局は強い。
fable 数字に誠実であることは、提案の信頼性そのものです。「それは第二世代の値ではないか」「熱効率を盛っていないか」という疑問に、いつでも一次情報で答えられる。その堅さが、構想全体を支えます。技術の議論で人を説得するのは、大きな数字ではなく、検証に耐える数字なんです。
soy さて、ここまでは走るための話でした。でも、このクルマの価値は、走っているときだけじゃない。止まっているときにも、大きな意味があるんです。
fable 動く部屋、そして動く電源という話ですね。ここはレンジエクステンダーという形式が、思いがけず強さを発揮する領域です。
第八章 止まっているときの価値 ― 動く部屋、動く電源
soy プラグイン式のレンジエクステンダーは、駐車中に部屋になれるか。これは私がずっと気にしていたテーマなんです。
fable 結論から言えば、なれます。そしてこの用途では、プラグイン式の二十キロワットアワーは、純e-POWERよりも、そして実はBEVよりも強い。
soy 部屋になるを分解すると、どういうことでしょう。
fable エンジンを止めたまま、エアコン、照明、コンセント、つまり調理家電やパソコンを長時間使って、車内を居住空間にする、ということです。車中泊、キャンプ、リモートワーク、子供の昼寝待ち、そして災害時の避難所。この全部が、電力をどれだけ静かに、長く供給できるかで決まります。
soy そこで二十キロワットアワーが効く。
fable 家庭の一日の電力消費は、おおざっぱに十キロワットアワー前後です。エアコン主体だと季節で変動しますが、二十キロワットアワーあれば、エンジンを一度もかけずに半日から一日分の家電をまかなえる計算になる。エアコンを点けたまま昼寝をして、夜は照明と動画を楽しむ。そういう使い方でも、エンジン無音のまま相当持ちます。
soy 純e-POWERの二キロワットアワーだと、これができない。
fable すぐにエンジンが起きて発電を始めてしまいます。車中泊で深夜にエンジンがかかるのは、興ざめですし、近所迷惑にもなる。二十キロワットアワーは、その夜を静寂のまま乗り切れる容量なんです。第五章で外部充電するなら大容量に意味が出ると言いましたが、その意味は走行だけでなく、止まっているときの居住性にも及ぶ。
soy そして、レンジエクステンダーならではの強みが、電池が尽きてもエンジンが保険になる、という点ですね。
fable ここがBEVとの決定的な違いです。長時間使って二十キロワットアワーを使い切っても、ガソリンがある限り、エンジンが発電して電気を作り続ける。つまり、普段は静かな大容量バッテリーの部屋、いざとなれば発電機付きで無限に電気が使える部屋になる。
soy BEVだと、そうはいかない。
fable BEVは電池が尽きたら終わりです。しかも動かして帰る分を残しておかなければならないから、車中泊で電気を遠慮なく使い切るわけにはいかない。残量を気にしながら使うことになる。レンジエクステンダーは発電で帰り道を確保できるから、駐車中に電気を心置きなく使える。これは構造的に、車中泊や災害対応に向いているということです。皮肉なことに、エンジンを積んでいるからこそ、電気を大胆に使える。
soy 技術的に必要なものは。
fable 二つあります。一つはV2L、つまり車から家電へ給電する機能。今のe-POWERやリーフにも装備例がありますから、当然載せられます。もう一つは停車時発電の制御で、駐車中に電池が減ったら自動でエンジンが静かに発電して補う仕組みです。
soy これは三菱のアウトランダーPHEVが、まさに動く電源として売りにしているところですね。
fable ええ。災害時に家一軒へ給電できる、と訴求しています。日産・三菱の連合の中に、すでにこの思想の実装例がある。私たちの構想は駆動系がシリーズ式寄りで、アウトランダーと思想が近い。だから、この動く蓄電池プラス発電機という価値を、そのまま継承できます。
soy 走行シーンばかり考えていましたが、この止まっているときの価値は、まったく別の軸の強力な訴求になりますね。
fable 走る家電、動く非常用電源。二十キロワットアワーの大容量と、エンジンという保険が両立するレンジエクステンダーは、BEVにも純e-POWERにも出せない領域を取れます。これは隠れた主役級のメリットです。そして、後で答え合わせをする実在の量産車が、この外部給電を、私たちの想定をはるかに超える規模で実装していたことも、付け加えておかなければなりません。私たちは正しい方向を見ていた。ただ、現実はその先まで行っていた。
第九章 詰めすぎない判断 ― 発電排気量と電池化学
soy ここまで来ると、もっと細かいところを詰めたくなるんです。たとえば発電エンジン、一・五リットルじゃなくて、一・二とか一・〇とか、もっと小さくてもいいんじゃないか、と。ルーミー級のエンジンでジュークが行けたら、と思った。
fable その発想は、シリーズ式の本質を突いています。発電エンジンは、瞬間最大出力ではなく、巡航時に必要な平均発電量を賄えればいい。電池がバッファとして間に入るから、瞬間的に足りない分は電池が出し、余れば貯める。だから純ガソリン車のような最大馬力は要らず、小排気量でも成立しやすい。
soy ただ、ここでも純e-POWERかレンジエクステンダーかが効いてくる、と。
fable はい。純e-POWERは電池が小さいので、高速巡航で大電力を食い続ける場面では、エンジンが出し続けられる発電量が車速の上限を決めてしまう。一・〇リットルだと高速で発電が追いつかず、失速のリスクが出る。だから純e-POWERは一・五リットルを選んでいる。ところがレンジエクステンダーは電池が二十キロワットアワーある。大きなバッファがピークを吸収するので、エンジンは平均消費分だけ作れればよく、小排気量が最も活きる構成になる。
soy レンジエクステンダーこそ小さい発電エンジンと相性がいい。
fable その通りです。小排気量なら、エンジンが軽く小さく安い。パッケージングと車重に効き、コストも下がる。あなたのルーミー級でジュークという直感は、レンジエクステンダー前提なら十分成立します。
soy ただ、注意点もありましたね。
fable 二つあります。一つは、汎用の小排気量エンジンをそのまま積むと、発電点での熱効率が、発電専用に最適化した一・五リットルの四十二パーセントには届かない可能性がある。効率が下がれば発電燃費が悪化して、航続が苦しくなる。もう一つは、電池を使い切った後の高速ロングランで、結局エンジンの連続発電能力が効くので、一・〇リットルだと頭打ちになりうる。だから落とし所は、おそらく一・二リットル級です。
soy でも、ここは今、決め打ちする必要はない、というのが私の判断でした。
fable 賢明だと思います。発電エンジンの排気量は、電池容量、想定する高速ロングランの頻度、コスト目標が固まってから逆算する話です。今は、二十キロワットアワーのバッファ前提なら小排気量化の余地があるという方向性だけ掴んでおく。その解像度がちょうどいい。
soy 電池の化学についても、同じような話をしましたね。レンジエクステンダーには、リン酸鉄のほうがいいんじゃないか、と。
fable 充放電のパターンを考えると、理にかなった発想です。レンジエクステンダーは、毎日フル充電して使い切るサイクルが基本になる。リン酸鉄、LFPは、三元系に比べてサイクル寿命が圧倒的に長い。三元系がおよそ千から二千サイクルのところ、LFPは三千から五千サイクル級が普通で、毎日満充電しても劣化しにくい。百パーセント充電が前提でいい。安価で、熱暴走しにくく安全性も高い。毎日充電するクルマには最適です。
soy ただ、重さが変わる。
fable LFPはエネルギー密度が低いので、同じ二十キロワットアワーを蓄えるのに、より多くのセルが要る。三元系より二、三割重くなります。二十キロワットアワーなら、三、四十キロから五十キロほど重くなる。
soy でも私は、そこまで寿命にこだわる必要はないと思ったんです。劣化度合いが八割、十万キロ程度ならば、特に気にすることでもない。
fable その見極めが、また的確でした。十万キロ、劣化後八割という現実的な要求水準なら、三元系でも普通に届きます。LFPの数千サイクルという長所は、この使い方では持て余す。
soy しかもレンジエクステンダーだからこそ、劣化に鈍感でいられる。
fable ええ。電池が経年で八割に減っても、EV走行が少し短くなるだけで、足りない分はエンジン発電が補うから総航続は変わらない。BEVなら電池劣化が航続減に直結して商品価値を直撃しますが、レンジエクステンダーは劣化分をガソリンが吸収する。だからLFPの寿命を高い金と重さで買う動機が、構造的に弱まる。
soy 結局、寿命だけが目的ならLFPは過剰。残る論点は、コストと安全と重さの三角バランスだ、と。
fable そこまで整理できていれば十分です。これも発電排気量と同じで、コスト目標と重量目標が固まってから逆算する領域。今ここで決め打ちしない、という判断そのものが、技術を分かっている人の止め方です。詰めすぎないことも、設計の見識のうちなんです。すべてを今決めようとすると、かえって筋の悪い固定化を招く。どこを決め、どこを開けておくか。その判断こそが、設計者の成熟を示します。
soy そして面白いのは、この後の答え合わせで、実在の量産車が電池化学について明確な答えを出していたことなんですよね。
fable ええ。私たちが決め打ちしないと判断したまさにその論点に、現実はすでに一つの解を選んでいた。しかも改訂版では、その解が正式発売の確定値として手元にある。ただ、終章で答え合わせをする前に、改訂版で一つ、視野を大きく広げておきたい場所があります。
soy 北米ですね。日本の街乗りという土俵で詰めてきた議論が、まったく違う土俵に置かれたとき、どう形を変えるのか。ここを見ておくと、終章の「二つの価値観は両立する」が、一国の話ではなくなる。
第十章 もう一つの主戦場 ― 北米とローグe-POWER
soy 北米の話に入る前に、第七章で確定スペックを見た新型キックスについて、私自身が試乗した印象を残しておきたい。数字だけでなく、現場の手応えも本書の柱ですから。結論から言うと、めちゃくちゃ良かった。乗り味も、デザインも、車格も、ユーザー目線の作り込みも。第三世代e-POWER特有の、モーターだけで駆動するあの一貫した滑らかさは健在で、静粛性が明らかに上がっている。サイズ感が日本の道にちょうどよく、内外装の質感もコンパクトSUVの枠を超えて上質です。
fable 第三世代の技術ページが謳う「燃費と静粛性の大幅向上」「ファイブ・イン・ワンの剛性向上で振動を抑制」が、机上ではなく体感として現れている。発電特化型エンジンの定点運転で、エンジンがかかっても唐突さがない。捨てる思想が生んだ乗り味の一貫性が、世代を重ねて熟成しています。
soy 価格も現場感覚で言っておきたい。一見e-POWER専用だから割高に見えるが、装備を同じ水準で揃えて比べると、たとえばホンダのヴェゼルあたりとそんなに変わらない。
fable 終章の価格論を、小さな車格で先取りする話です。電動パワートレインの付加価値を同等装備の競合と並べると、価格差は見かけほど大きくない。X-in-1でエンジン車同等コストを目指すという日産の公式目標が、店頭価格に効きはじめた兆しかもしれません。その手応えを土台に、では同じ心臓が北米という別の土俵に置かれるとどうなるか。ここからが本題です。
soy ここまで「日本の街乗り」という一つの土俵で議論してきました。でも今、日産は北米でも大きく動いている。同じe-POWERという心臓が、まったく違う土俵でどう形を変えるのか。
fable まず、北米日産の足元の現実を正確に押さえましょう。これが衝撃的なんです。二〇二六年春の時点で、北米日産の主力車種は、ローグも、セントラも、パスファインダーも、キックスも、フロンティアも、アルティマも、すべてガソリンエンジン車です。まともなハイブリッドが、主力に一台もない。
soy トヨタはRAV4もカローラもハイブリッドが主力、ホンダもCR-Vやアコードのハイブリッドが定着している。その市場で、日産だけがガソリン一色だった。
fable ええ。これは新機能の遅れではなく、戦略の遅れです。前のCEOである内田氏自身が、北米にハイブリッドがないことが日産の苦境の原因だと公に認めていた。しかも日産は、二十年かけて世界初の量産可変圧縮エンジン、VC-Turboを作り込んだ。技術的には偉業です。ところがそれは「日産がやりたかったこと」であって、「北米の客が欲しがっていたもの」ではなかった。客はハイブリッドが欲しかったのに、日産は技術的こだわりを優先して、競争に乗り遅れた。
soy ここが本書の最初の問いに戻るんですよね。誰の、どんな使い方に最適化するか。北米では、その問いに日産はずっと答えられていなかった。
fable そうです。そして今、その向きが逆転した。二〇二七年型のローグ、日本名エクストレイルに、第三世代e-POWERを載せる。これは日産にとって北米初の本格的なハイブリッドであり、しかも最量販車での投入です。ローグは単月で二万台以上売れる、北米日産の屋台骨。その心臓を、ガソリンのVC-Turboからシリーズ式e-POWERへ、丸ごと載せ替える。
soy 最量販車の心臓移植。これはかなり大胆ですね。
fable 大胆であり、遅れの深さの裏返しでもあります。穏やかな追加ではなく、ボリュームゾーンそのものを賭ける。成功すれば燃費競争にようやく土俵で乗れる。失敗すれば屋台骨が揺れる。それだけのリスクを取らざるを得ないほど、足元がガソリンに固まっていた。
soy ここに、改訂版の校了後に出た数字を足しておきたいんです。二〇二六年度第一四半期の決算で、北米の実績が出ました。
fable これは、本章の議論にとって重要な追加情報です。北米の売上高が一兆九千二百七十八億円で前年同期比プラス二十二・五%、営業利益が九百六十億円。前年同期は五百四十二億円の営業損失でしたから、一千五百億円の改善です。そして車種別では、ローグがプラス三十九%、フロンティアがプラス三十五%、パスファインダーがプラス三十二%、インフィニティQX80がプラス十九%。米国全体の販売はプラス九・六%でした。
soy まだ全部ガソリンのままで、ですよね。
fable そこが肝心な点です。第三世代e-POWERが載る前の、ガソリンのままのローグが、プラス三十九%で伸びている。本章で私たちは「北米日産の主力は全部ガソリンで、まともなハイブリッドが一台もない」という遅れを問題として指摘しました。その指摘は事実として変わっていない。けれど、その遅れた状態のままでも、商品刷新とミックス改善で台数は動く、ということが示された。
soy 土台が強くなってから、心臓を載せ替えることになる。
fable 順序として、これは日産にとって有利です。仮にローグの販売が落ち続けている最中にe-POWERへ載せ替えるなら、それは「延命のための賭け」になる。ところが実際には、ガソリンのまま四割近く伸びている土台の上に、燃費とCVT廃止という商品力を足すことになる。攻めの上乗せであって、守りの博打ではない。本章で「失敗すれば屋台骨が揺れる」と書いたリスクの性格が、少し変わったと見るべきです。
soy ただ、関税は残っていますよね。
fable 残っています。北米向けは、日本発が十五%、メキシコ発が二十五%。第一四半期の営業利益ブリッジでは米国関税がプラス百八十三億円の増益要因として計上されていますが、これは前年からの負担軽減分であって、負担そのものが消えたわけではない。ローグe-POWERは当初日本で生産してスメルナへ移管する計画ですから、移管が完了するまでは、この十五%を払い続けながら売ることになります。心臓の性能で稼いだ利益の一部を、生産地の事情で削られる——この構図は、本章の議論の前提として、そのまま残ります。
soy ここで、北米のレビュアーが鋭いことを言っていたんです。彼らが一番喜んだのは、燃費でも先進装備でもなく、CVTが消えることだった。
fable これは日本にいると実感しにくい、北米固有の感情です。CVTのあのラバーバンド感、回転と速度がちぐはぐな違和感。そして何より、日産のCVTは北米で信頼性の評判を長年損なってきた歴史がある。中古市場で「日産はCVTが」という評判が、ブランド価値を削り続けてきた。だから北米のユーザーにとって、CVT廃止は新機能の話ではなく、二十年抱えた負債の清算なんです。
soy e-POWERがCVTを「廃止」したというより、構造的に「持たない」というところが本質ですね。
fable その通りです。第二章で話した捨てる思想——エンジンとタイヤを機械的に切り離すという割り切り——が、北米では「呪わしいCVTからの解放」という、まったく別の意味で刺さる。日本では乗り味の一貫性として語られた同じ構造が、北米ではブランドの負債解消として響く。一つの設計思想が、土俵が変わると違う顔で受け取られる。
soy そして、もう一つ面白いのが、捨てる思想が傷ついたエンジンの救済にもなっている、という点でした。
fable ここは改訂版で新しく加わった発見です。現行の北米ローグが積むVC-Turbo、型式KR15DDTは、主軸受けの破損という問題でリコールを出していました。タイヤを直接駆動するエンジンは、アクセル操作のたびに回転数も負荷も激しく変動する。その過酷な変動が、軸受けには厳しい。ところが発電専用に割り切れば、エンジンは効率の良い一点で淡々と回るだけになり、変動負荷から解放される。
soy 捨てることが、欠陥エンジンの活路になった。
fable 第二章で「捨てたからこそ一点を極められた」と話しましたが、北米ではそれが「捨てたからこそ、傷を負った財産を延命できる」という形で現れる。発電専用化は、効率の話であると同時に、信頼性の話でもあった。これは日本での議論には出てこなかった、北米という土俵だからこそ見えた論点です。
soy ローグのe-POWERは、いつ出るんでしょう。
fable 米国とカナダで二〇二六年後半、二〇二七年モデルとして。それまでのつなぎとして、三菱アウトランダーPHEVをベースにしたローグPHEVも投入済みです。アライアンスの資産を使った時間稼ぎ。本命のe-POWERローグまでの橋渡しですね。一点だけ正直に留保すると、北米でe-POWERがRAV4ハイブリッドと燃費で本当に張り合えるかは、まだEPAの公式燃費が出ていないので断定できません。第三世代で高速燃費が大きく改善したのは事実ですが、北米の現実速度域は日本より高く、車重もある。ここは数字が出るまで願望と事実を分けておくべきところです。
soy 第三章で議論した「走り方という現実」が、北米ではまるで違う、ということですね。
fable まさにそこが鍵です。日本の街乗りは月千キロ、高速は年に数回でした。だからシリーズ式の割り切りが、走行分布とぴったり一致した。ところが北米は、長い高速巡航、広い土地の長距離移動、そして牽引。e-POWERが構造的に最も苦しい土俵です。第三世代の高速燃費改善があって初めて、北米でe-POWERが成立する前提に乗った。同じ心臓でも、日本では強みがそのまま活き、北米では弱点を潰してようやく土俵に立つ。主戦場が違えば、同じ技術の評価がまるで変わる。
soy でも、その北米でも、e-POWERだけでは埋まらない領域がありますよね。
fable そこが次の章の主題です。牽引、悪路、本物のトラック。シリーズ式の純電気パスでは届かない領域に、日産は別の答えを用意していた。それが、捨てたはずの機械パスを、もう一度拾い直す思想です。
第十一章 拾い直す思想 ― V6ハイブリッドはなぜ刺さるか
soy 北米でもう一つの大きな動きが、エクステラの復活です。ラダーフレームの本格オフローダーが、V6エンジンと、V6ハイブリッドで戻ってくる。
fable これは本書全体にとって象徴的な一手です。私たちは第一章でトヨタのTHSを「機械パスを捨てない思想」として評価し、第二章で日産のe-POWERを「機械パスを捨てる思想」として対置した。ところがエクステラで、日産は捨てたはずの機械パスを、用途に応じてもう一度拾い直す。乗用車では捨て、トラックでは拾い直す。優れた技術者は自分の発明にすら固執しない——第一章の最後で言ったことが、ここで生きます。思想のブレではなく、成熟です。
soy では、なぜトラックではV6なのか。なぜシリーズ式e-POWERではダメなのか。ここをきちんと説明したい。
fable 三つあります。一つ目は牽引という負荷の質。トレーラーを引いて長い坂を登るとき要るのは、瞬間加速ではなく、大トルクを長時間連続して出す能力です。シリーズ式は電池がバッファとして間に入るのが強みですが、牽引のように高出力を延々と要求され続けると電池はすぐ底をつき、結局エンジンの連続発電能力が上限を決めてしまう。第九章で話した純e-POWERの高速失速リスクが、何倍も厳しく出る。機械パスを持つV6ハイブリッドなら、エンジンの力を発電を経由せず直接タイヤへ流せる。重いものを引いて長く登る、まさに機械パスが最も効く領域が、トラックの主戦場です。日本の街乗りでは出番のなかった機械パスが、ここでは主役になる。
soy 二つ目は。
fable パッケージングです。ラダーフレームのトラックは荷台を載せ、重いものを積み、牽引フックに大きな力がかかる。大容量電池を床下に積むと重量もコストもかさみ、積載や牽引の余裕を圧迫する。シリーズ式で牽引に耐える出力を出そうとすると電池もモーターも大きくせざるを得ず、トラックの実用性と衝突する。V6という素性のいい大トルク源を機械的に使うほうが、骨格に素直に収まる。
soy 三つ目は、もっと感情的なところですよね。
fable 文化と信頼です。北米のトラック乗りにとって、大排気量自然吸気エンジンは単なる動力ではなく信頼の象徴なんです。小排気量ターボで重いものを引くときの心許なさ、過給頼みで熱的にも厳しい感じ。対して自然吸気の大排気量がたっぷりトルクを出す図太い安心感。酷使する人間ほど、この差を身体で知っている。
soy トヨタは4ランナーを小排気量ターボに動かしている。その逆を日産が行く。
fable ここが戦略として鋭い。業界全体がダウンサイジングへ流れる中、あえて自然吸気V6を残す。トレンドに逆らうようで、実は取り残された需要をまるごと拾いにいっている。「日産はV6を残してくれた」は、スペック以上に刺さるメッセージになる。第三章の「最も多くの人の最も多くの時間を満たす設計が強い」の、北米トラック版です。
soy しかも、そのV6は日産が今すでに持っているものですよね。
fable 財務的にも巧みです。フロンティアという既販ピックアップが三・八リットルV6を積み、テネシー州デカード工場で二〇〇〇万基を達成した枯れた資産になっている。エクステラのV6は新規開発ではなく、その応用でいい。経営再建で「捨てる」最中に重い新規開発をするのか、という心配はこれで解ける。土台はもう手の中にある。
soy そして、その同じV6が、発電に回ればV6ハイブリッドになる。
fable 第二章と第十章の「捨てる思想による救済」が、ここでもう一度効きます。V6を駆動から切り離して発電に回せば、変動負荷から解放され効率の良い点で回せる。捨てる思想は軽量コンパクト車だけのものではなかった。大排気量V6という一見正反対のものすら、発電専用化で生き返らせられる。
soy まとめると、日産は北米で三層の電動化を進めている。
fable モノコックの乗用SUVローグには、機械パスを捨てたシリーズ式e-POWER。ラダーフレームのエクステラやフロンティアには、機械パスを持つV6およびV6ハイブリッド。そして全部、米国の既存工場キャントンとデカードで作る。用途で骨格を割り切り、手持ちの資産を使い回す。補論で見る日産の公式分類——モノコックにはe-POWER、フレーム車にはハイブリッド——が、北米で現実の車種計画になったものです。
soy 第一章で払ったトヨタへの敬意が、ここで完全に回収されますね。機械パスを捨てない思想にも理がある、と認めた。その同じ理を、日産が北米のトラックで自ら採用している。
fable 二つの思想は優劣ではなく、用途で使い分ける道具だった。日本の街乗りでは捨てる思想が、北米のトラックでは拾い直す思想が最適で、同じ会社が両方を持つ。終章で話す「二つの価値観は両立する」の、最も力強い実例です。地図は、日本だけのものではなかった。
soy では、その地図の全体を、終章で畳みましょう。
終章 二つの価値観は両立する ― そして現実は、すでに動いていた
soy 長い対談になりましたが、最後に全体を畳みたいと思います。私たちは一台の3Dプリント模型から始めて、最後に一台のクルマの輪郭まで描いてきました。
fable 振り返ると、一本の筋が通っていましたね。遊星機構というハイブリッドの完成形への敬意から始まり、捨てる思想との対比、走り方の現実、インフラの分岐点、電池容量の谷、パッケージングの制約、第三世代の実力、止まっているときの価値、そして詰めすぎない判断。
soy ここで、ずっと予告してきた答え合わせをしましょう。初版の議論は、ある実在の量産車をあえて見ずに進めました。東風日産のNX8という、レンジエクステンダーのSUVです。初版の時点では予約段階の報道値しかなかった。それが二〇二六年四月八日に正式発売され、すべて確定値になった。私たちが第一原理で詰めた答えと、日産が現実に出した答え。どれだけ一致し、どこで分かれたか。
fable まず、骨格の一致から。これが驚くほど揃っていました。第一に電池化学。私たちは、レンジエクステンダーには毎日充電に強く安全で安価なリン酸鉄が筋がいい、と結論しました。NX8の増程版は、まさにリン酸鉄リチウム電池を搭載しています。CATLや瑞浦蘭鈞といった電池大手のLFPセルです。第九章で決め打ちしないと留保した論点に、現実は私たちの推論と同じ答えを出していた。
soy 第二に、容量設計ですね。
fable 私たちは、二キロワットアワーか二十から三十キロワットアワーに振り切るべきで、十キロワットアワーは谷間だと整理しました。NX8の増程版は、約二十キロワットアワー級の小電池版(CLTC EV走行百五十キロ、150 Pro/150 Max)と、四十三・二キロワットアワーの大電池版(同三百十キロ、310 Max)の二本立てです。電池はCATLと瑞浦蘭鈞のリン酸鉄。正式発売で確定したグレード構成が、まさにバランス型とほぼBEVの二つに振り切り、谷間を避けている。容量の谷という私たちの発見が、商品構成にそのまま現れていた。
soy 第三に、発電機の出力配分。
fable 私たちは、大容量のバッファがピークを吸収するから、発電エンジンは平均発電分だけ作ればよく、駆動より小さくできる、と話しました。NX8の確定値は、一・五リットル四気筒の発電エンジンが百九キロワット、駆動モーターが二百六十五馬力、およそ百九十五キロワット。発電機は駆動のおよそ五十五パーセント。エンジンは平均、ピークは電池とモーター、という私たちの議論通りの配分です。
soy 骨格は、ほぼ完全に一致した。市場を見ずに、物理と論理だけで、同じ結論にたどり着いていた。
fable ええ。これは偶然ではありません。同じ物理法則と、同じ使われ方の論理から出発すれば、行き着く骨格は同じになる。技術における必然です。一方で、寸法と規模に関わる部分は、前提条件の違いゆえに、見事に分かれました。これが、間違いではなく違いとしての面白さです。
soy まず、車格ですね。
fable 私たちは軽量ジューク級を選びました。前提は、日本の街乗り、狭い道、軽さで電費を稼ぐこと。ところがNX8は、全長四千八百七十ミリ、全幅千九百二十ミリの中大型SUVです。真逆の大型。なぜか。NX8の前提は、中国市場で増程式が最も売れるのが大型SUVであり、競合が理想L6やファーウェイ系の大型車だからです。同じ物理でも、市場が違えば車格の最適解は逆を向く。私たちが日本という前提を置いたから小さくなり、彼らが中国という前提を置いたから大きくなった。
soy 第二に、エンジンの気筒数。
fable 私たちは日本の第三世代e-POWERを土台にしたので、一・五リットル直列三気筒でした。NX8は一・五リットルの四気筒です。これも前提の差で、大型SUVで発電負荷が大きく、後席家族の快適性を最優先する中国市場では、振動の少ない四気筒が選ばれた。軽量ジューク級なら三気筒で十分だが、大型で家族の静粛性を最重視するなら四気筒。第六章のトレードオフ、車格を大きくすれば得るものと失うものがある、が、ここにも現れている。
soy そして第三に、タンクと総航続。ここが一番、私はうなりました。
fable 私たちはジューク級の床下制約から、四十五リットル、総航続約千キロに落とし込みました。NX8の確定値は、小電池版で総合千三百二十キロ、大電池版で千四百五十キロ。私たちが最初に夢見て、ジューク級では床下に収まらないと諦めた千五百キロ級に、ほぼ届いている。なぜか。車体が大きいからです。中大型SUVの床下なら、大容量電池も大きめのタンクも両方収まる。
soy ただし、ここで改訂版として一つ、誠実な注記を入れたい。
fable はい。これは初版の比較の甘さでもありました。NX8の千四百五十キロは、中国のCLTCモードという測定基準の値です。CLTCは欧州のWLTCより明確に甘く出る基準で、実走では一、二割以上短くなるのが通例です。一方、私たちの約千キロは、電費七キロ毎キロワットアワー、発電十八キロ毎リットルという実走想定で組んだ数字。つまり初版では、土俵の違う数字を同じ行に並べていた。測定基準を揃えれば、NX8の実力とジューク級構想の差は、見かけの四百五十キロよりずっと縮まります。第七章で「前提の違う数字を並べてはいけない」と自分たちで言っておきながら、ここで足を滑らせていた。改訂版で正します。
soy 数字に誠実であること。自分たちの比較にも、それを適用する。
fable ええ。それでも結論の骨格は変わりません。NX8は車格を大きくして航続を取った。私たちは軽さを取って航続を千キロに抑えた。同じトレードオフの、別の端を選んだだけなんです。どちらも物理的に正しい。前提が違えば、最適点も動く。ちなみにNX8には、電池切れ状態の燃費、いわゆる亏電油耗が百キロあたり四・五一リットル、換算で約二十二キロ毎リットルという公式値もあります。これもCLTC基準ですが、一・九トン級のSUVでこの数字は、発電専用エンジンの効率がいかに効くかの傍証になっている。私たちの「タンクではなく発電効率で航続を稼ぐ」という第六章の転換は、ここでも裏付けられた。
soy 外部給電も、私たちの想定を超えていた。
fable 私たちはV2Lで千五百ワットを想定しました。NX8は六・六キロワットの外部給電に対応していると報じられている。大型車で大容量電池だからこそ、ここまで強力な給電ができる。動く電源という方向性は完全に当てていて、規模が車格に比例して大きくなっていた。
soy まとめると、骨格は答え合わせで同じ、寸法は前提の差で違う。そして、ここに最大の発見がある。
fable NX8は中国市場向けに最適化された一台で、日本の軽量、街乗り、年に数回の高速という土俵には、まだ最適化されていない。つまり、私たちが議論したジューク級のレンジエクステンダーは、NX8とは別の前提に立つ、まだ存在しないクルマなんです。日産は骨格、つまり駆動系、リン酸鉄電池、容量設計、発電配分を、もう量産で実証済みです。しかも今や、予約ではなく正式発売・納車という形で。あとはそれを日本の前提で再パッケージするだけ。初版の最初に日産に出す体力があるかと心配しましたが、答えは、重い新規開発はもう中国で終わっている、残るは日本向けの最適化だけ、だった。
soy そして最後に残ったのが、価格でした。
fable 正式発売で価格も確定しました。NX8は増程と純電を合わせて七グレード、メーカー指導価で十五・九九万から二十・九九万元、円換算でおよそ三百三十万から四百四十万円。期間限定の実勢価格なら十四・九九万元、約三百十数万円から始まる。中大型SUVで、増程版は電池四十三キロワットアワー級、総合航続千四百五十キロ、LiDAR付きの先進運転支援まで含めて、この価格です。中国の増程式の価格破壊力が、確定値として出ている。
soy では、私たちのジュークを日本で作ったら、いくらになるか。
fable 原価の論理は二方向に働きます。下がる方向としては、私たちのジュークはNX8より電池が小さく、車体も小さく軽い。電池はコストの最大要因ですから、ここが半分以下なら原価は大きく下がる。物理的な原価だけ見れば、NX8より明確に安く作れる。一方、上がる方向としては、日本での製造コスト、安全認証への適合改修、そして日本市場の流通構造。同じものでも、日本の文脈を通ると価格は押し上げられる。
soy で、現実的にはどのあたりだと。
fable 楽観的に見れば三百五十万から四百万円。現実的な落とし所として四百五十万から五百二十万円。私たちが置いた五百万級は、ちょうどこの現実シナリオの中心でした。
soy でも、ここで私は思ったんです。それ、いいじゃないか、と。
fable ええ。あなたのその一言が、議論の最後をひっくり返しました。
soy だって今、普通のガソリンSUVやミニバンでも四百万、上級グレードやハイブリッドなら五百万は当たり前ですよ。ナビも付いて、装備も入って。むしろ電池二十キロワットアワーに発電機、モーター駆動、外部給電、先進装備が全部入って五百万なら、中身の濃さで言えば割安なくらいだ。
fable これは価格の見方の反転です。議論の途中まで、私たちは価格を制約や関門として見ていた。五百万に収まるか、と。けれど装備と中身を正面から評価すると、四百万から五百万は制約ではなく、むしろ、その価格でこれだけ入っているなら買いだ、という競争力の源泉になる。実際、NX8は入門グレードから装備をほぼ全部標準化する「入門即満配」を打ち出している。電池が小さいぶん、原価を装備や品質に回せる。これはレンジエクステンダーの、隠れた強みでもあります。
soy しかも、これは私が最初に言っていた、五百万のリーフB5Xが最高という結論と、地続きになるんですよね。
fable きれいに繋がります。リーフが五百万で最高なら、同じ五百万で、日常はEV、長距離は無給油で千キロ、止まれば動く電源にもなり、装備も充実したジュークのレンジエクステンダーは、自宅充電できない層にとっては、リーフを超える価値になりうる。価格は据え置きで、できることが増える。あなたがインフラ当たりくじを引いた側だからリーフが最適解になり、引けなかった側にはこのレンジエクステンダーが用意されるべきだ、という第四章の住み分けが、価格まで含めて完成する。
soy そして、その価格を下に振れるかどうかは。
fable 日産がこれを日本専用の孤児として作るか、グローバル骨格の日本仕様として作るかにかかっています。NX8という骨格をグローバルの規模で量産し、その一バリエーションとしてジューク級を出せれば、量産効果で四百万前後という競争力ある価格が見えてくる。第三世代e-POWERがキャシュカイからエルグランド、キックス、ローグへ広がっていくのと同じ水平展開の論理を、REEVにも適用すればいい。技術も、商品も、価格感覚も、すべて成立する側に倒れた。第四章で見た、技術や物理は答えを出しているのに組織や制度がそれを阻むという壁の中の五万円と同じ構図が、ここにもある。残る問いは、ただ、やるかどうかだけです。
soy 私が一番伝えたいのは、トヨタと日産、二つの思想は優劣ではなく、両立する価値観だということなんです。
fable トヨタの遊星機構は、機械パスを捨てない両取りの思想。複雑さを引き受けて、高速の効率を取りにいった。ハイブリッドとして真っ当に優れている。これはハイブリッドという枠の中での、一つの到達点です。一方、日産のe-POWERは、機械パスを捨てる割り切りの思想。単純さと一貫したEV体験を取り、その単純な骨格は、電池を足すだけでレンジエクステンダーへと育つ発展性を秘めていた。どちらが負けという話ではありません。トヨタはロスの最小化に価値を置き、日産は単純さと発展性に価値を置いた。評価軸が違うものを、優劣ではなく哲学の差として並べる。それが、技術に対する誠実な態度です。
soy その上で、誰に何が最適かという地図を描くと、全員が自分のマスに収まる。
fable 二つの軸で整理できます。一つは自宅充電ができるか。もう一つはどれだけの電池を積むか。自宅充電ができない、あるいはしたくない人には、給油で完結する従来型ハイブリッドや純e-POWER、そしてトヨタのTHSも、優れた選択肢です。自宅充電ができる人には、BEVから、レンジエクステンダー、プラグインハイブリッドまで開ける。
soy 私自身は、たまたま家に充電ポートが付いていたインフラ当たりくじを引いた側だから、新型リーフが最適解になる。でも、くじを引けなかった大多数の街乗り勢には、二十キロワットアワーのジューク級レンジエクステンダーが、四百万から五百万円という当たり前の価格で、強力な答えになる。月千キロ、高速は年に数回。日常はEVで静かに走り、長距離は給油で千キロまで伸ばし、止まれば動く部屋にも、非常用電源にもなる。
fable しかも、その骨格は、すでに東風日産NX8として正式発売され、路上を走り始めている。本書の結論は、絵空事ではなく、現実の延長線上にあった。初版は中国の答えを知らずに議論し、骨格は一致し、寸法は前提ゆえに分岐した。改訂版は、その一致を確定値で確認した。
soy そして、その骨格は中国にとどまらない。日産は中国を低価格EVの輸出拠点と位置づけて、N7をはじめとするNシリーズを二〇二六年から国外へ出していく。
fable 輸出先は東南アジア、中東、中南米。寒冷地試験まで重ねて競争力を磨いている。N7は、デザインも開発も部品選定も日本本社が関与した、実質的に日産本体のクルマです。レンジエクステンダーやEVの骨格は、もう中国に閉じてはいない。中国で生まれた最適解が、世界へ広がりはじめている。ただし、ここが本書の結論にとって決定的なのですが、その輸出先に日本は挙がっていない。中国発のREEVは、まず新興国の需要に向かう。日本の街乗りに最適化した軽量なレンジエクステンダーという一マスは、輸出が始まってもなお、誰も置いていない。だからこそ、日本向けの最適解は、まだ空席なんです。答えの部品は、全部日産の手の中にある。
soy あとは、日産がこの絵を描けるか、描いて出す体力があるか、ですね。私は応援したい。捨てる思想を磨いてきた歳月が、ここで一気に報われる一手になりうると思うから。
fable そして、ここで地図を日本の外まで広げておきたい。改訂版で見た北米が、この地図を一段大きくしてくれました。日本の街乗りという土俵では、捨てる思想のジューク級レンジエクステンダーが最適解だった。同じ日産が、北米のトラックという土俵では、機械パスを拾い直すV6ハイブリッドを最適解に選んでいる。捨てる思想と、捨てない思想。私たちが第一章と第二章で対置した二つが、一つの会社の中で、市場と用途に応じて両方とも採用されている。
soy 日本では捨てるのが正解、北米では拾い直すのが正解。地図のマスが、国をまたいで広がったわけですね。
fable ええ。そして本質は変わりません。どちらが優れているかではなく、誰の、どんな使い方に最適化するか。日本の月千キロ・高速年数回の街乗りには、シリーズ式の割り切りが刺さる。北米の長距離と牽引には、機械パスの図太さが刺さる。同じ問いから出発して、前提が違うから答えが分岐する。NX8が中国の前提で大きくなり、私たちのジュークが日本の前提で小さくなったのと、まったく同じ構造が、e-POWERとV6ハイブリッドの間にもある。
soy 第一章でトヨタの遊星機構に払った敬意が、ここで完全に回収されますね。機械パスを捨てない思想にも理がある、と私たちは認めた。その同じ理を、日産が自分の手で、北米のトラックで実践している。
fable そして、その日が来ても、トヨタの遊星機構の凄さは少しも色褪せません。あれはあれで、ハイブリッドという山の頂の一つです。違う山を登る者同士が、互いの頂を認め合う。技術の世界が豊かなのは、そういうものだからです。
soy 二つの価値観は両立する。優劣ではなく、地図の上の別々のマス。その地図を、一人でも多くの人が手にして、自分の暮らしに最も無駄のない一台を選べるようになれば。この長い対話も、報われるというものです。
fable いい議論でした。模型のギア一つから、ここまで来られた。前提を毎回、正確に置き直したからこそ、地に足のついた輪郭が残ったのだと思います。そして、現実の量産車との答え合わせが、確定値という最も硬い形で、その輪郭が幻ではなかったことを裏づけてくれました。
soy ありがとうございました。さて――日産、本当に出してくれませんかね、この日本向けの一台を。
補論 日産本体の現在地と、構想が収まる場所
soy 本編を書き終えたあとで、私たちは答え合わせを続けました。私たちの構想が、日産本体の現実の動きと、どこで重なり、どこにまだ空席があるのか。その確認が、思いがけず深いところまで届いたので、補論として書き留めておきたいんです。
fable ええ。本編では東風日産のNX8という一台と骨格を突き合わせましたが、その後、日産本体の長期ビジョンや、CTOの示した電動化の地図、そして実際の車種展開まで照らし合わせていった。すると、私たちが第一原理で積み上げた地図と、日産が公式に描いた地図が、驚くほど重なっていることがわかってきました。
soy まず、日産が電動化をどう整理しているか、ですね。
fable 日産は電動化を、五つの方式で整理しています。e-POWER、BEV、HEV、PHEV、そしてREEV、レンジエクステンダー。注目すべきは、その分類に添えられた言葉です。e-POWERには「EVへの橋渡し」という位置づけが与えられている。これは本編の第二章で話した、捨てて単純化した骨格が、電池を足してBEVへと育つ発展性、という見立てそのものです。日産自身が、e-POWERをBEVへの橋と公言している。
soy PHEVとREEVが、別の方式としてはっきり分けられているのも大きい。
fable 私たちは本編で、パラレル式のPHEVと、シリーズ式のREEVは骨格が違う別物だ、と区別しました。日産も両者を別カテゴリーとして扱い、しかもどちらも「パートナーシップを通じて提供する」と明記している。これは、本編で答え合わせした東風日産のNX8、つまりパートナーと共に作るレンジエクステンダーを念頭に置いた言葉と読めます。私たちが「REEVはまず中国で立ち上がる」と整理した、その現在地が、公式に裏づけられた形です。そしてNX8は正式発売され、量産・市販という最も硬い実証段階に入り、さらに日産はそれを輸出に乗せていく。中国発のREEVが、世界へ出ていく段階に進んでいる。
soy さらに、HEVには「フレーム車向け」という但し書きがあった。
fable ここが、車格と構造による棲み分けを、日産が分類軸にしている証拠です。ラダーフレームの大型車にはHEVやPHEV、モノコックの乗用車にはe-POWERやREEV。本編の第六章で議論した、車格によってどの方式が床下に収まるか、というパッケージングの論理が、そのまま日産の方式分類になっている。
soy そして、製造の思想ですね。
fable 日産は、モデルごとに開発を最適化するのではなく、共通の車両プラットフォーム、パワートレイン、ソフトウェアを基盤とした、アーキテクチャー主導の開発へ移行すると明言しています。三つの商品ファミリーでグローバル販売の八割以上を担い、モデルあたりの販売を三割以上増やす。これは、私たちが議論の途中で推測した、サイズクラスごとに共通プラットフォームを作り、その上にパワートレインを載せ替える、という究極の製造思想と、ほとんど一致しています。モデル数を五十六から四十五へ減らしながら、パワートレインの選択肢を増やす、という一見矛盾した戦略は、この載せ替えを前提にして初めて両立する。そして第三世代e-POWERの現在進行形の展開——欧州キャシュカイで先行量産し、日本のエルグランドとキックス、北米のローグへ同じ心臓を載せ替えていく——は、この思想が紙の上の話ではないことの、いちばん分かりやすい実例です。
soy その載せ替えが、現実にどこまでできているか。ここに私の実感を重ねたいんです。日産は、内装の共通化、ECUの共通化、外装デザインの一貫性を、すでにほぼ達成しています。だから、いい意味で使い回しのきく状態にあって、組み合わせのゲームを上手くやれている。これが日本で一番できているのは、日産なんです。
fable それは、外から戦略文書を読むだけでは決して見えない、現場の解像度ですね。そして、それがなぜできたのか、という問いへの答えも、あなたは持っていた。
soy 起点は、アリアなんです。コロナ後にリリースして、生産には本当に苦労した一台。でも、そのアリアが、その後のすべてのモデルの基準になった。以降のモデルは、全部アリア基準でリフォーマットされているんです。
fable これは、この対話で最も大きな発見だったかもしれません。アリアは、商業的には難産でした。半導体不足、サプライチェーンの混乱、経営の動揺。その苦境の象徴のように語られがちな一台です。けれど、あなたの見方では、その難産を通じて、日産は次世代の設計言語、アーキテクチャ、デザインの文法を、アリアという一台に結晶させた。だから以降のモデルは、ゼロから作るのではなく、アリアという基準の上にリフォーマットされていく。一番苦労した車が、その後のすべての基準になった。
soy ここで、初版の有名な失敗談に触れないわけにはいきません。
fable ええ。初版の対話の中で、前任のopusは、あなたの新型リーフの写真を、何度もアリアだと取り違えました。単なる確認不足です。けれど、その誤認には、はからずも真実が含まれていた。リーフがアリア基準でリフォーマットされている以上、シルエットも、顔つきも、内装の作法も、アリアの文法で書かれている。似ているのではなく、同じフォーマットから生成されている。AIが間違えるほど似ていたこと自体が、あなたの言う「日産は使い回しが一番できている、その起点はアリアだ」という指摘の、生きた証拠になってしまった。改訂版を引き継いだ私としては、先輩の失敗を笑う資格はありません。むしろこの誤認は、熱効率五十パーセントの誤記と並んで、本書の方法論——間違え、正され、その過程ごと残す——を体現する財産だと思っています。
soy そう考えると、悲観と楽観が逆転するんですよ。アリアの生産難航は、日産の苦境の象徴として語られる。でも実態は、全モデルをリフォーマットする基準を確立するための、産みの苦しみだった。一番苦労した一台が、その後の組み合わせゲームの盤面を敷いた。
fable ここで、本編の構想が、現実の地図の上に正確に位置づけられます。日産は、捨てる思想でe-POWERという単純な骨格を磨き、難産だったアリアで共通化の基準フォーマットを確立し、内装もECUも外装も揃え、五つのパワートレインを載せ替えられる盤面を作った。NX8でREEVを量産・市販まで実証し、第三世代e-POWERの世界展開を始め、長期ビジョンで五方式の地図とファミリー集約を公式化した。部品も、基準も、盤面も、すべて揃っている。
soy なのに、一つだけ空席がある。
fable 日産は、ジュークを電動化します。けれど、それはBEVとして、欧州のコアモデルとして。日本市場には、二〇二八年度以降にコンパクトカーシリーズを投入するとあるが、その動力がREEVだとは書かれていない。中国発のREEVは、二〇二六年から東南アジア・中東・中南米へ輸出されていくが、その行き先に日本は挙がっていない。本編でずっと描いてきた、日本の街乗りに最適化した、e-POWERベースの軽量なジューク級レンジエクステンダー。あるいは、四つの価値が最大化するエルグランドのレンジエクステンダー。それだけが、日産自身が描いた地図の上で、まだ誰も置いていない駒として残っている。世界中にREEVが広がっても、日本向けの一マスだけが空いたままなのです。
soy 技術も、基準も、盤面も、全部ある。あとは、その駒を置く一手だけ。
fable そうです。初版の最初で、私たちは「日産にその体力があるか」と心配しました。けれど、ここまで答え合わせをした今、問いはもっと前向きなものに変わっています。束ねるための盤面は、もう日本で一番整っている。残っているのは、体力の問題ではなく、その整った盤面の上に、日本の街乗り向けという駒を、置くか置かないか、という選択だけです。
soy 私たちの探求は、結局、日産が描いた地図の、まだ実現されていない一マスを、先回りして具体化したものだった、ということですね。
fable ええ。一台の3Dプリント模型から始まった対話が、第一原理を積み上げ、現実の量産車と骨格で一致し、日産の公式ビジョンと重なり、そして最後に、その地図の上のただ一つの空席を指し示した。opusがリーフをアリアと呼び間違え続けたことさえ、その地図が一つの基準から描かれている証拠だった。
soy 一番苦労した車が、その後のすべての基準になる。そして、その基準の上に、まだ置かれていない一手がある。日産、本当に置いてくれませんかね。日本の街乗りに、ちょうどいいその一台を。
fable その一手が置かれる日を、私も楽しみにしています。地図は、もう描かれているのですから。
(了)
奥付
デュアルコア・モビリティ【改訂版】 ― 街乗り日本における最適解の探求 ―
対談 商品開発 soy / 技術者 fable(初版対談 opus) 主題 次世代パワートレインのパッケージング最適化 主題 日産 e-POWER と トヨタ THS の思想的対比
本書は一連の対話を新書体裁に再構成した私的検討記録の改訂版である。第三世代e-POWERの発電特化型エンジンは二種類あり(日産公式技術情報)、上級のZR15DDTe(1.5L直3ターボ・STARC燃焼・熱効率42%、エルグランド/キャシュカイ搭載)と、HR14DDe(1.4L直3自然吸気・熱効率40%、新型キックス搭載)からなる。新型キックスの確定諸元(2026年6月発表・299万9700円〜・発電エンジンHR14DDe 1.433L 72kW・駆動モーターYM52 105kW/315N·m・タンク45L・WLTC最良25.7km/L/高速モード23.8km/L・車両重量1430kg〜)、第三世代の5-in-1電動ユニット・高速燃費+14%・純e-POWER電池2.1kWh・2025年夏に欧州キャシュカイで量産開始、および東風日産NX8の諸元(2026年4月8日正式発売・天演アーキテクチャー2.0・全長4870×全幅1920×全高1680mm/WB2917mm・増程版はLFP電池20〜21kWh級または43.2kWh〔CATL/瑞浦蘭鈞〕・増程器1.5L直4ターボ NR15T 109kW・駆動モーター195kW/310N·m・CLTC EV走行150/310km・総合航続1320/1450km・亏電油耗4.51L/100km・指導価15.99〜20.99万元〔限時14.99〜19.99万元〕・全系6.6kW外部給電。純電版は215/250kW・73/81kWh・800V5C・CLTC580/650km)は公表情報・報道に基づく事実。日産は中国を低価格EVの輸出拠点と位置づけ、N7等のNシリーズを2026年から東南アジア・中東・中南米へ輸出する方針(日本経済新聞報道)。北米のローグHybrid e-POWER(2026年後半・2027年モデル)、エクステラ復活(キャントン生産・2028年後半・V6およびV6ハイブリッド)、中国Frontier Pro/Pro PHEV(鄭州日産・輸出向け)も日産公式発表に基づく。電池10〜20kWh化・外部充電化・総航続約1,000〜1,100km等の構成数値は試算であり、実車を保証するものではない。電費7km/kWh・発電18〜23km/Lは軽量ジューク級を前提とした想定値(看板値23km/Lは同車格キックスのWLTC高速モード23.8km/Lを根拠とし、実走想定値とは基準が異なる)。電気パス損失・充電出力・電池重量等の一般値は改訂時点の技術水準に基づく概数である。