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スティーブン・マー(馬智欣)と中国日産 —— 日産を救うのは中国かもしれない

CFOから戦場指揮官へ

スティーブン・マー。華僑系アメリカ人。UCアーバインで経済学、USCで会計学修士。英語とマンダリンのバイリンガル。

1996年に北米日産に入社し、財務畑を28年歩いた。北米、中国、日本を渡り歩き、東風汽車(DFL)のVP兼CFOも経験。2019年12月、内田体制の発足とともにグローバルCFOに就任。

そして2024年12月、中国マネジメントコミッティ議長 兼 DFL総裁に異動。日産の全役員の中で最も困難な持ち場に飛び込んだ。

その直後の2025年3月、内田・星野・坂本・中畔の「四人組」が一斉退任。執行役5人中4人が消えた中で、マーだけが残った。残った先が、横浜の本社ではなく、広州の現場だった。

四人組とは何だったのか

なぜ日産の商品ラインナップはここまで枯渇したのか。自動車ジャーナリスト国沢光宏氏によれば、この4人で新開発の車を次々とボツにしてきた。

内田誠(社長CEO)は「決められないこと」が問題だった。星野朝子(副社長/チーフブランド&カスタマーオフィサー)は「やる気を失わせる特技」を持っていると社員の間で評判だった。中畔邦雄(副社長/CTO)と坂本秀行(副社長/CMO)は度を超した慎重派で、星野氏に逆らえなかった。新型車の最終決定の場で「これで売れるのか?」と聞き、誰も保証できないからGOが出ない。

この四人組体制は2019年末〜2025年3月の約5年間。ただし星野氏の影響力は2015年の専務昇格以降に遡る。結果として、2024年の日本市場ではフルモデルチェンジがゼロ。ディーラーは「売る弾がない」まま戦わされた。2025年度の国内登録車販売は前年比19%減の過去最低を記録。

同じ時期に北米ではキックス・アルマーダ・ムラーノのFMCを3連発していた。四人組が止めていたのは「車を作る能力」ではなく「市場に弾を出す意思決定」だった。

エスピノーサ体制が最初にやったのが役員55人→12人、執行役員制度廃止。四人組への退職慰労金6億4,600万円。これ自体が、前体制の病巣がどこにあったかを物語っている。

「在中国、为中国、向全球」

マーが中国で実行している戦略は、日本本社の日産とはまるで別の会社のようだ。

スローガンは「在中国、为中国、向全球」——中国で作り、中国のために開発し、世界に売る。

取締役会に書き込まれたOKR(ハードターゲット):

三人の侍 —— マー・江田・關口

マーの下で注目すべき人事がある。

江田博文 —— スカイライン、フェアレディZの開発責任者(CVE)。日産のパフォーマンスDNAの中核にいたエンジニアだ。CVEとは、GT-Rを生んだ水野和敏の系譜に連なる「車一台の全責任を負う」ポジション。江田は第三製品開発本部でセグメントCVE → Infiniti製品開発部セグメントCVE → 第一製品開発本部車両開発主管と歩み、リージョナルSVPに昇格して中国に常駐した。

江田はデュアルレポート体制を取る:

つまり、カネの判断(マー)と車の判断(江田)が両方とも中国現地で完結する。横浜に稟議を上げる必要がない。

マーは二軍を中国に送ったのではない。スカイラインとZを作った男を送り込んだ

マーの管轄は広い。DFL総裁として:

乗用車もピックアップも部品も、中国のバリューチェーン全体を一人で握っている。

天演架構 —— 中国発の全栈自研プラットフォーム

中国日産の技術的基盤が「天演架構(Tianyan Architecture)」。東風日産が独自に構築した全栈自研NEVプラットフォームで、日産グローバルのCMFとは別系統。

東風日産のウェブサイトでは天演架構が車種ナビゲーションと並ぶ最上位に置かれ、テクノロジーブランドとして押し出されている。BYDの「e Platform」、Geelyの「SEA」と同じ戦い方。

東風日産(DFN)—— 商品カタログ

N7(純電セダン)

N6(PHEV/純電セダン)

NX8(BEV/EREV 中大型SUV)

第15代軒逸(FMC)

天籁・鴻蒙座艙S380大師版

テラノPHEVコンセプト(2026年北京モーターショー発表)

アーバンSUV PHEVコンセプト(同時発表)

鄭州日産(ZNA)—— 影の存在から戦略的中核へ

Frontier Pro / Frontier Pro PHEV(锋坦)

PHEVスペック:

800N·mのPHEVピックアップを22万元から。フォード・レンジャーPHEV、トヨタ・ハイラックスPHEVは存在しない。「グローバルブランド×中国速度×中国コスト」の掛け算がカテゴリーを定義する。

マー自身の言葉:「Frontier Proは、中国で生まれ、世界市場を視野に開発されたモデル。日産の基盤と中国のスピードをもってLCV市場に新たな潮流を築いていきます。」

2026年上半期にラテンアメリカ・ASEAN・中東へ輸出開始予定。かつて「影の存在」だった鄭州日産が、日産再建の戦略的中核に転換しつつある。

商品投入のケイデンス

四人組時代に日本で年間FMCゼロだった会社が、中国では5ヶ月で5車種出している。

2025年:

2026年:

2027年末まで: NEV累計6車種投入、NEV販売比率50%以上目標

半年に1台のペースで全く異なるセグメントに弾を打ち込んでいる。同じ日産のバッジが付いているのが信じられないレベルの差。

「中国定義、世界販売」—— 輸出基地への転換

2025年11月、日産進出口(広州)有限公司が設立された。日産60%、東風40%の出資。第一段階の輸出目標は10万台。

2026年4月、エスピノーサの長期ビジョンで正式にグローバル戦略に格上げ:「中国は、開発のスピードと高いコスト競争力を生かし、グローバルな輸出を担う拠点となります。N7はラテンアメリカとASEANへ、Frontier ProはラテンアメリカとASEAN、中東へ。」

6日前の中国メディア(網易)の記事タイトルが象徴的だ:「”中国定義、世界販売”、東風日産が合資車の新しい道を切り開いた」。中国業界メディアも、DFNが合弁モデルの新パラダイムを作ったと認識し始めている。

テスラは上海で「製造の型」を完成させ、テキサスとベルリンに横展開した。日産にはテスラにないもの——世界中の既存工場網(スマーナ、キャントン、アグアスカリエンテス、サンダーランド、追浜、栃木、九州、タイ、インドネシア)がある。全て稼働率が余っている。天演架構ベースの車を中国で設計し、既存工場で流す。テスラはギガファクトリーをゼロから建てた。日産はもうある。

最新の数字 —— 2026年6月度実績(7月30日発表)

現実の数字は、まだ厳しい。

生産(2026年6月):

地域 台数 前年同月比 累計(1-6月) 前年同期比
国内 49,622 +1.3% 288,212 -1.2%
米国 47,586 +39.4% 303,677 +24.2%
メキシコ 48,127 -18.6% 253,572 -25.8%
英国 22,849 -7.1% 133,605 +0.3%
中国 28,226 -49.7% 224,070 -16.3%
グローバル 214,040 -14.5% 1,320,698 -6.8%

販売(2026年6月):

地域 台数 前年同月比 累計(1-6月) 前年同期比
国内(軽含む) 37,324 +6.5% 217,235 -1.4%
うち国内軽自動車 17,050 +21.8% 97,962 +13.0%
米国 77,715 +8.1% 489,809 +0.3%
欧州 27,891 -9.4% 164,514 -12.4%
中国 37,591 -30.2% 237,458 -15.0%
グローバル 240,345 -8.3% 1,506,052 -6.7%

日本からの輸出(2026年6月):

仕向地 台数 前年同月比 累計 前年同期比
北米 12,653 +93.8% 80,305 +22.2%
合計 28,783 +19.4% 169,388 +6.6%

中国の販売は前年比-30.2%と依然厳しい。5月の-34.9%からわずかに戻したが、生産は-49.7%とほぼ半減。旧型主体の在庫調整局面に入っており、NX8は4月上市で立ち上がり期、テラノ・アーバンSUVは未発売。2026年下半期の5車種投入が数字に反映されるのはこれから。

追記 —— 第1四半期決算で見えた「年内での急変」(2026年8月3日発表)

日産の四半期決算資料で、中国の実態がより立体的に見えた。日産は中国を暦年ベースで開示している。

期間 日産の中国販売 市場全体
暦年Q1(1-3月) +7.2%
暦年Q2(4-6月) -32%
暦年上期(1-6月) -15% -22%

年の前半と後半で、まったく違う顔をしている。 1-3月は前年比プラス7.2%で、会社は「最近発売したNシリーズの新型車が販売を支えている」と説明していた。ところが4-6月は-32%。N7・N6の初期需要が一巡し、NX8の立ち上がりが追いつかなかった端境期にあたる。

決算の中国は、四半期ひとつ分だけ過去を見ている

ここに、月次速報と決算資料を突き合わせないと見えない罠がある。

決算データシートの「2026年度第1四半期」の中国販売は130,034台。ところが月次速報の4月・5月・6月を足すと107,424台にしかならない。22,610台も合わない。

答えは資料の脚注にある。「中国小売販売台数は暦年ベース」。決算がFY26 Q1として載せている中国の数字は、暦年1-3月なのだ。実際、暦年1-6月累計237,458台から4-6月の107,424台を引くと、ちょうど130,034台になる。前年度も同じ構造で、FY25 Q1の中国121,335台は暦年2025年1-3月にあたる。

他の地域では、こうしたずれは起きない。日本は月次合算88,230台に対し決算も88,230台で完全一致。北米は10台差、欧州は33台差と、誤差の範囲に収まる。ずれているのは中国だけである。

この一点が意味することは、投資判断上かなり重い。

4-6月の-32%という落ち込みは、まだ決算に入っていない。 第1四半期決算が織り込んでいるのは、プラス7.2%だった1-3月のほうだ。中国の急減速が損益に現れるのは、第2四半期(7-9月期の発表)からということになる。

同じことは持分法投資損益にも及ぶ。FY26 Q1の持分法による投資損失はわずか25億円で、通期▲26億円だったFY25と同水準にとどまっている。だがこれは、中国がまだプラス成長だった時期を映した数字である。4-6月の-32%が反映されれば、この損失は一段深くなる可能性が高い。

つまり、中国に関する限り、決算の数字は月次より約3か月遅れて動く。月次速報を追っている投資家は、決算より一四半期先に中国の変化を知ることができる。逆に言えば、決算だけを見ていると、中国の悪化を三か月遅れで知ることになる。

一方で、市場全体が-22%減る中で日産は-15%に留まり、市場シェアはわずかに拡大した。エスピノーサCEOは「中国の状況は日産だけでなく、自動車業界全体にとっての課題」と位置づけ、「当社の販売は比較的堅調に推移している」と述べている。絶対値では厳しいが、相対では負けていない、という構図だ。

会社は「新エネルギー車の販売は勢いがついており、N6、N7、NX8、フロンティアプロを中心にご好評をいただいている」としている。マーが仕込んだNEVラインは、少なくとも市場平均を上回るペースで動いている。

そして、輸出が予定から実行に変わった。 本稿で「2026年上半期にラテンアメリカ・ASEAN・中東へ輸出開始予定」と書いた計画について、会社は「輸出事業も拡大しており、7月から中国国外への出荷を始め、他の仕向け地での拡販を図っていく」と明言した。「中国定義、世界販売」は、構想から実際の船積みの段階に入った。

ただし、日産は中国の市場環境を反映して2026年度の販売台数見通しを下方修正した。利益計画(営業利益2,000億円)は据え置いたまま台数だけを下げたということは、中国の回復を当て込まずに利益を作る、という判断である。マーの100万台は、まだ遠い。

一方で米国生産+39.4%、北米向け輸出+93.8%(ほぼ倍増)は、新商品の北米市場での動きを示唆。国内販売(軽含む)も+6.5%とプラス転換し、そのうち軽自動車が+21.8%。エスピノーサCEOがNewsPicksインタビュー(7月21日)で「20カ月連続で減っていた販売台数が、今年度第1四半期でようやくプラスに転じそう」「日本ではルークスが人気を集め」と語った内容が、その9日後の公表数字で裏付けられた。

つまり、2026年前半の日産は「国内の軽が反転し、北米向け高単価輸出が倍増し、中国が半減する」という三つの流れが同時に走っている状態。マーの中国は、まだ数字の反転を待つフェーズにある。

100万台の算数

マーのOKR「2030年度 中国100万台」を分解すると:

DFLは日産50%/東風50%のJV。売上3兆円(100万台×平均単価15万元×20円)、営業利益率6%なら営業利益1,800億円。税引後の日産持分は約675億円。

FY2025の日産全体が最終赤字6,709億だったことを考えると、中国だけで675億の持分法利益は巨大な反転要因になる。

中国日産の未来は明るい

日産の株価はPSR約0.1。市場は「潰れかけの会社」として値付けしている。

だが中国で起きていることは、その前提と矛盾する。商品は出せる。NX8は2ヶ月で1万台交付。しかも世界に輸出できる。四人組がいなくなった日産は、蓋を外されたボトルのように中身が溢れ出している。

マーは1996年から北米日産、DFLのCFO、グローバルCFOを経て中国に立つ。その横には、スカイラインとフェアレディZを作った江田博文がいる。全ての工場の収支を知る財務の男と、日産パフォーマンスDNAの継承者。この二人が中国で組んでいる。

「日産の基盤と、中国のスピード」。マーのこの言葉が現実になるとき、PSR 0.1は歴史的なミスプライスとして語られることになる。